前回 目次 登場人物 あらすじ 
コリンは翌日、イサオの病室を訪れた。
イサオは普段通り、リハビリを行っていた。
この日は、サラは仕事に出掛けており、猛が側に付いていた。

「昨日は残念でしたね。」
コリンは昨夜ブライアンからの連絡で、催眠療法でイサオの記憶を呼び起こす試みが失敗に終わった事を聞いていた。

「緊張していたせいかな。催眠状態になりにくい体質だと言われたよ。過去に、同じ様な事を言われた記憶があるよ。」
イサオは苦笑いをした。

「イサオ、経験があったんだ。」
イサオの思わぬ告白に、コリンは驚いた。

「おじいさんは、催眠術の上手い人だったんだ。高所恐怖症を克服するために、独学で習得したと言っていたね。僕が子供の頃、親戚のおじさん達に掛けるのを見て、自分もやって欲しいと頼んだけど、効かなかった。」

「その話をどうして、先生に話さなかった。」
猛が注意した。

「大昔の話じゃないか。独学だったおじいさんと違って、昨日の催眠療法士は博士号を持った方だ。ここだけの話、担当医はFBIから、僕が記憶を取り戻せたかと何度も聞かれ、悩んでいたんだ。先生の負担を軽くしたい思いがあったんだ。それに、お祖父さんが催眠術を学んだのは、忍術書からの影響だとは言えなかった。」

イサオは眉間に皺を寄せた。

「忍術書に催眠の事が書いてあるのですか?」

「昔の忍者は、心身の修行を極めれば、神通力を持ち、人を惑わす忍術を習得出来ると書いてあるのだ。分身の術がその例だ。あくまで書物上だけの話だ。父は暗示に関しての研究を長年していて、その成果を試すために、催眠術と称して、親族に施していたのだ。じっくり時間をかけないと出来ないから、実践には向いていなかった。」

「猛さんは、お父さんから教わらなかったのですか。」

「研究と言っても、父の趣味の延長だから、教わらなかったね。」

無意識のうちに、猛は視線を上に向けた。
故郷の伊賀での若かりし日々を思い出していた。

「父は市役所に勤める傍ら、古い書物に記載されている事が現実社会に通用するかどうか何でも試す好奇心旺盛な人だった。暗示の他に、山で採れた薬草を調合したりもしていた。一歩間違えれば、薬事法に触れていたかも知れないな。」

「そうだったね、親父。じいさんが薬研を使っていた姿を思い出すよ。」

イサオが笑ったが、心の中では父親の変化に驚いていた。
『その話を皆にするとはな。米国に長くいるせいなのだろうか。それとも年を取って丸くなったのか。』

コリンのiPhoneが鳴った。
数日前に聞き込みで訪問した銃器店のオーナーからであった。

「さっき、目付きの悪い男がうちの店にやって来て、『白髪頭の男が小型拳銃を買わなかったか?』と札束をちらつかせながら聞いてきたよ。その時、男が写真を見せたんだ。それで思い出しだんだ。今年の初めに、小型拳銃用の弾を大量に買った男が、その50代位の白髪頭と同じ灰色の目をしていたとね。」

「何ですって!で、その男はどうしましたか。」

「でも安心しておくれ。気味が悪かったから、灰色の目の男について一切口に出さなかった。その目付きの悪い男には、『写真の男は見たことが無い』と正直に言っただけだよ。目付きの悪い男はそのまま帰った。で、君に連絡したんだ。」

コリンは、イサオと猛に事情を話し、デイビットと共に、その銃器店へと向かうことにした。

「気を付けて。」
イサオは心臓がバクバクするのを抑え、コリンの身を案じた。

コリンはブライアンに連絡し、銃器店のオーナーからの電話があった事を伝え、似顔絵を描ける捜査員の派遣を頼んだ。
「それだったら、ジョンに依頼しよう。彼は似顔絵も得意なんだ。」

ブライアンから連絡を受けたジョンが、コリンの元へ駆けつけた。

「気味の悪い男が銃器店を回っているのか。恐らく、秘密結社と関わりのある男だろう。彼の探していた白髪頭の男も気になる。早速、オーナーに質問して、男達の似顔絵を作ろう。」

ジョンは何時もの様に冷静であったが、頬が紅潮していた。
心の底では感情を高ぶらせていた。

コリン達が銃器店に入ると、オーナーは喜んで迎え、男の特徴を教えてくれた。
「灰色の瞳に、顔は細長かった。髪は黒色だが、染めていたようじゃ。それに、額が広かった。体つきは細かったね。年は、恐らく40~50代じゃな。」

オーナーの証言通りに、ジョンが似顔絵を描くと、コリンの見覚えのある顔になった。
なんでも屋の店長その人であった。

そして、店を訪ねてきた気味の悪い男の人相書きをすると、今度は口入れ屋がジョンの筆先から現れてきた。
更に、口入れ屋が持っていた写真の男は、ニックであった。

コリン達は店長に礼を言い、銃器店を出ると、急いで調査中だったブライアンに連絡を取り、彼の定宿である高級ホテルで彼と落ち合った。

「何でも屋の店長と似た男が買ったのか。もし奴だとすると、何故小型拳銃の弾を大量に買ったのか。恐らく、裏社会の人間に売る為に買ったに違いない。店長を通して買えば、足が付かない。」
ブライアンは信じられないといった顔付きで、3枚の似顔絵を見た。

「もしかして、イサオを撃った犯人に売ったかも?」

コリンの推理に、ブライアンは答えた。

「確かなことは言えん。店長に会って、それとなく聞いてみないことには。これは、ジュリアンに任せよう。店長も私よりも、長い付き合いのジュリアンとなら素直に答えてくれるだろう。気味の悪い男とよく似ている口入れ屋の話だが、今朝この街に戻ってきた。それまでは、リゾートホテルで誰とも会わず、ゆっくりと過ごしていたのに、急に部屋を引き払った。尾行しているFBIによれば、街を嗅ぎ回っているそうだ。まさか、ニックの写真を見ていたとはな。」

「もしかして、ニックが今度の事件に関わりがあるのか。」
デイビットの目が鋭くなった。

「恐らく、口入れ屋は、ニックがイサオの事件と関わりがあると思っているのだろう。どうして、そう思ったのか。例え、ニックが犯人だとしても、動機が掴めん。2人は17年前に会ったきりだ。」
ブライアンはニックの似顔絵をじっと見た。

「何かが起きているのかも。」
コリンの顔も険しくなった。

「それなら、秘密結社とやらも動いてると思うが、隠れ家の方はどうだ?」
ジョンの問いに、ブライアンは首を振った。

「静かだそうだ。」

「この街は広い。口入れ屋だけでは、難しいと思う。きっと共犯者がいるはずだ。裏社会の人間が協力しているに違いない。コリン、君の友達からは連絡はないのか?」

今度は、コリンが首を振った。
「残念だけど、この街には裏社会の知り合いが一人もいないんだ。デイビットも同じなんだ。今はジュリアンに頼るほかはないんだ。」

ブライアンがジュリアンに連絡を入れ、口入れ屋が事件前に大量の弾を購入したことを伝え、口入れ屋がこの街に戻ってきたこと、イサオを撃った犯人を捜しているらしいことを話した。

ジュリアンは既に、口入れ屋が戻ってきたことを把握していた。
「奴の行動をもう少し見てから連絡をしようと思っていました。もう耳に入っていましたか。FBIに尾けられているは知らないとはね。あいつも年を取ったか。協力者について、手下を使って調べて見ます。あのー、何でも屋の店長の事ですが、彼とは連絡が取れない状況でして、そっちに関しては時間を下さい。」

「何を言っている。さっさと店長の居所を調べろ。」
ブライアンは強く言い渡すと、iPhoneを切った。

翌日、ジュリアンがブライアンと会い、情報を伝えた。
口入れ屋は一人で行動しているが、携帯で頻繁に誰かと連絡を取っていること、そして何でも屋はカルフォルニア州へ出掛けており、当分はこの街に戻ってこないことであった。

「弾の件で店長に聞いたところ、自分の護身用に買ったとの回答でした。」

「銃器に明るい店長が、初心者が使うような小型拳銃を持ち歩くなんて信じられん。」

「店長は仕事柄、常時武器を幾つも携帯していますから、小型拳銃もその一つかと思いますよ。それよりも、口入れ屋の動きの方が大事かと思いますよ。FBIからは何か言っていませんか。携帯を盗聴しているのでしょう?」

「している。FBIによれば、シアトルにいる男と頻繁に連絡を取っている。奴も誰かを探しているようだ。『そっちは見付かったか?』、『まだだ』と言った短い会話が交わされているとの事だ。FBIが男の調査を開始している。」

「シアトル?一体、口入れ屋の行動とどんな関連があるのでしょうか?口入れ屋はニックの動きを探しているのでしょう。」
ジュリアンの頭の中では、17年前の忌まわしい出来事が浮かんだ。

「2人のやり取りを聞いたFBI捜査官の話では、シアトルにいる男は同業者らしく、ニックとは別人を探している様だ。お互いに情報を交換しているというよりは、自分の調査の過程について話しているだけだそうだ。」

ジュリアンはホッと胸をなで下ろした。

=====

街で情報を集めていた口入れ屋の携帯の着賃音が鳴った。

「おう、そっちはどうだ?」

「こっちは見付かりそうだ。2日くらい時間が掛かりそうだけどね。そっちは?」

「難しいな。じゃあな。」
口入れ屋は携帯を切ると、見張りのFBIに気付かれないように、小さくガッツポーズをした。
続き