前回 目次 登場人物 あらすじ 
翌日の午前中、コリンは病院で顔のリハビリを終えると、デイビットを伴いイサオを見舞った。

イサオも午前中のリハビリを終え、病室へ戻っていた。
側にはサラが付いていた。
猛はイサオの自宅で、家事やペットの世話をしているので、この場にはいなかった。

左目の眼帯が取れ、目頭の脇に銃で撃たれた痕跡が小さく残っている位で、左目の視力の低下は僅かであり、脳の機能も殆ど損傷が無かった。
それでも、1ヶ月間昏睡状態だった為、身体は完全に回復しておらず、毎日筋力を戻すリハビリが行われていた。

イサオは事件前後の記憶が失われたままであった。
担当医師は色々と方法を試みようとしていた。
その一つとして、今日の午後から催眠療法士を呼び、イサオの記憶を呼び起こそうとしていた。

「辛い記憶が蘇るけど、犯人に繋がると良いね。」

コリンの問いかけに、イサオは鼻をかきながら、笑顔で答えた。
「そうだね、コリン。良い方向に行けば良いよね。ブライアンから聞いたけど、殺し屋が一人見付かったそうだね。」

イサオの質問に、デイビットが返した。

「正体は分かったものの、口入れ屋がその男を何処かへ連れて行ったきり、行方知れずだ。口入れ屋も、数日前にこの街を出た。口入れ屋はFBIの尾行をまいたと思い込んでいるが、実はそうではない。尾行し続けている。奴は新たに殺し屋を集めようとしている可能性が高い。その現場を押さえ、それを突破口として、秘密結社との関連を問い詰める。」

「秘密結社の方も進展があるわね。時間がかかったけど、どんどん犯人達を追い詰めて貰いたいわ。」
サラは期待に胸を膨らませていた。

時間になり、担当医師が催眠療法士を連れてきた。

「明日、又来るね。」
コリンはデイビットと共に、病室を後にした。

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日が暮れ、シェインは隠れ家のことをエドワードに任すと、山本と共にバンに乗った。

「ミーシャは?一緒じゃないのか?」
運転席にいた山本は後ろを覗いた。

「今夜は無理だ。スワンスン夫人に呼び出され、本宅にいる。」

「夫人が気に入ってくれて良かった。ここの屋敷は暫く使えるな。」
山本はバンを発進させ、何でも屋へと向かった。

二人が何でも屋へ車を走らせているのは、事件当日の防犯カメラの映像と顧客リストが金庫に保管してある事実を突き止めた為である。
これは、山本が何でも屋の店主夫人の心の隙間に入り込んだ結果であった。
今夜、店で映像を確認する手筈になっている。

「今日、イサオが催眠療法を受けたと聞いたけど、犯人の事は分かったか?」
山本は、助手席に座っているシェインをちらっと見た。

「失敗に終わった。イサオは催眠が掛かりにくい体質らしい。」

「へえ。ニンジャは催眠に長けていると聞いたけどね。分身の術や隠遁の術とか色んな技を修行で得たと本にも書いてあったよ。」

「それは昔の話だ。失敗に終わってくれて、こちらとしては安心だ。俺達が先に犯人を見付けなければ、身の安全は無いからな。」

何でも屋に着くと、創業者の娘で、店主夫人でもあるジョーニーが迎えてくれた。
「シェイン、久しぶりね。2年振りかしら。元気そうで良かった。晴幸の友達と聞いて驚いたわ。」

シェインは警察官の時代から、この店には時々訪れていたので、ジョーニーはよく覚えていた。
彼女は、山本のことを下の名前で呼んでいた。

「今日は、何時もより早めに店を閉めたの。誰も来ないから安心して。」

裏の部屋に通されると、テレビとビニールに包まれたソファがあるのみで、その後ろには段ボール箱が所狭しと積み上げられていた。
そう言えば、店内も殆ど棚に品物が無かった。

「閉店するのか?」
シェインは驚いた。

「移動するだけよ。この店は、私の歴史そのもの。知ってるでしょ。閉めたりなんて出来ないわ。」

ジョーニーはそう言うと、顧客リストと防犯カメラのリコーダーのリモコンをシェインに渡した。
リコーダーはテレビに繋がっていた。

「親父さんが始めた店だものな。そして、君と旦那がここまで大きくした。」

「ええ、早いもので、50年目を迎えたのよ。色んなことがあったけど、全て乗り越えてここまで来たわ。それなのにあいつったら、昨年から女子大生に入れ込んでるの。マフィアのボスの名前をかたって。大分前から勘づいていたけど、あいつ中々尻尾をださなくてね。この前、晴幸が紹介してくれた探偵がようやく尻尾を掴んでくれた。その調査で、その女子大学生に大金を貢いでいるのが分かったの。私達で稼いだお金なのによ。浮気はこれで2度目。愛想が尽きたわ。自宅と店を引き払い、探偵が集めた証拠を使って、離婚訴訟を起こすの。たっぷり慰謝料取ってから、別の場所に何でも屋を開くわ。」

「で、今夜、引っ越すのか。」

「そうよ。その探偵の手引きで、引っ越すのよ。従業員達には、自宅待機を命じたわ。」

「仕方ないな。でも、君も彼との関係を旦那に知られたら、慰謝料は減らされるんじゃないか。」
シェインは親指で、隣に座っている山本を指した。

「馬鹿言わないでよ。晴幸!あんた、私との事をシェインになんて言ったのよ。」
ジョーニーは怒りで顔が赤くなった。

「愚痴と酒を交わす仲だとしか。」
山本は肩をすくめた。

「変な言い回し使わないで頂戴。確かに、私はあんたに愚痴を聞いて貰ったけど、唯の呑み友達でしょ。」

「そういうことだよ。」
山本がシェインに正直に言った。

「最初からそう言え。ジョーニー、誤解をしてしまって悪かった。」
シェインがジョーニーに謝罪した。
赤い顔をしたままジョーニーは受け入れ、「飲み物を持ってくるわ。」と言って、部屋を出た。

「探偵とは何処のだ?」
『こいつ、意外とこの街の事を詳しいのでは』と思った。

「昔、ラスベガスの探偵事務所で働いていたと話したら、ジョーニーから旦那の素行調査を頼まれた。でも、俺はこの街の事が分からないから、ダメ元で探偵事務所に聞いてみたんだ。そうしたら、所長の友達で、ここで開業している探偵を紹介されたんだ。それで、俺はジョーニーにその探偵の名前を伝えた。後は、彼女が一人で探偵の所へ行き、依頼をした。」

山本はシェインに1枚の名刺を渡した。
シェインに見覚えのある名前だった。
「こいつか。元警官でやり手だ。こいつに掛かっては、旦那も丸裸にされるわな。」

「そうだったのか。初めて知ったよ。シェインは顔が広いな。」

『何だ、こいつそんな事も知らなかったのか。』
シェインは拍子抜けした。

「そりゃ、俺は元刑事だからな。同僚の事は良く覚えている。よし、顧客リストと防犯カメラの映像をチェックすることにするか。」
シェインは顧客リストに目を通し始めた。

FBIに提出された顧客リストによれば、事件当日に、ニックは何でも屋で買い物をしていたことが分かった。
「事件の30分前には買い物を終えて、店を出た」と店主が証言していたので、事件とは無関係と判断していた。

「事件は22時に発生した。FBIに提出した顧客リストだと、ニックは21時10分に入店して、21時25分に店を出ている。」

シェインは顧客リストに目が釘付けになった。
FBIに提出されたものとは違ったからである。

「おかしい。」
シェインは何度も顧客リストに目を通した。
FBIに提出されたものは、21時台はニックを含め、3名の客が訪れていた。
しかし、今目にしている顧客リストでは、ニック1人しか訪れていない。

防犯カメラの映像で確認する事にし、リモコンのスイッチを押した。
レコーダーには、店内と店外の映像がTV画面に映し出された。

「外のカメラは故障していなかったのか。」
シェインはじっとテレビ画面を見た。
店主は、FBIに壊れたと嘘を言って、壊れたレコーダーを提供していたのであった。

テレビ画面には、店主が入口のドアに「閉店」の看板を掛けていた。
画面の時計は、20:58となっていた。
店主は腕時計を何度も見ながら、カウンターに立っていた。

「何でそんなことを。何時もは閉店は22時なのに。」
シェインは訝しんだ。

21時になり、ニックが「閉店」の看板を無視して、入店してきた。
入るなり、入口のドアの鍵を閉めた。
ハーフコートを着ていたニックは、首に長いスカーフを巻き、ビニール袋を手にしていた。
カウンターにいた店主と会うと、何やら話し込んでいた。

「買い物をしないのか。」

店主の証言では、ニックは買い物をしたとなっていた。
しかし、映像ではニックは商品にすら手を触れていなかった。

外の防犯カメラでは、21時15分に、1人の客が訪れたが、「閉店」看板を見て、引き返した様子が写っていた。

「前もって、ニックは店主と示し合わせて、この時間に客を閉め出したのか。」
顧客リストを持つシェインの手が僅かに震え始めた。

21時25分になっても、ニックは店主と話したままである。
二人はカウンターを挟んで、真剣な表情で話し込んでいた。

22時前になり、店長が品物を確認する為なのか、奥へ行ってしまい、防犯カメラの視界から消えた。
その時を見計らったかの様に、ニックはビニール袋から黒髪のカツラと野球帽を取り出すと、素早く被り、ビニール袋をカウンターの下のゴミ箱に入れ、店を出た。
店の外の防犯カメラは、それらを被ったニックの後ろ姿が写し出され、ニックは「閉店」の看板をドアから外すと脇に置き、大通りへ歩いて行く様子が映し出されていた。
ニックが画面から消えると、静寂な夜の映像がずっと流れた。

店内の映像は誰もいない映像が続いたまま切れた。
店外のカメラは静かだった光景から、突然若いカップルが画面に飛び込んできた。
その姿から、シェインは、事件を目撃したジョニーとシンディだと分かった。
やがて、救急隊員や警官、野次馬が徐々に集まり騒然となる様子で終わった。
暗くなったテレビ画面を凝視したまま、シェインの息は荒くなり、胸の鼓動が急激に高まった。

「これで終わりだな。もう一度確認しようか。」
山本がリコーダーを再生した。

「ニック!お前なのか!!」

突然、シェインは大きな声を出すと、椅子から立ち上がり、両手で頭を抱えた。

「野球帽を被った男が、刑事のニック?じゃあ、こいつが青戸勲を撃って、助けたという男なのか?」

今のシェインには、山本の問いを聞ける精神状態ではなかった。
これっぽちも疑っていなかったので、青戸勲への襲撃犯がニックだったと判明し、シェインは全身が震えた。

「やっぱり、あなた達は警察の秘密結社のメンバーなのね。」

ジョーニーが両手にコーラを手にしたまま、部屋に入ってきた。
彼女は既に防犯カメラの映像を見ていたので、ニック、シェインそして山本がどういう関係なのか悟っていた。
その上で、冷静な様子でシェインに語りかけた。

「ニックは、あいつとグルになって、私を騙していたのよ。私が、初めあいつの浮気を疑った時、あいつはニックと会っていたと嘘を付いた。それで、ニックに問いただしたら、ニックもそうだと言った。私はその嘘を長いこと信じてしまった。ニックとは幼馴染みだったのに、平気で嘘をついた・・・。そして、今度は仲間を騙して、看護師を撃った。あっ、別に貴方を非難している訳じゃないわ。」

「いや、いいんだ。俺達がイサオを狙っているのは事実だ。だた、勘違いしないで欲しいのは、俺達は看護師である奴を狙っているんじゃない事だ。俺達は、依頼人の仲間を倒したニンジャの息子だから奴を狙っている。」
シェインは部屋の中をウロウロしながら、ジョニーに話した。

「分かったわ。貴方、かなりショックを受けているようね。さあ、ソファに座って。」
ジョニーはコーラをソファの脇に置くと、シェインの肩を抱き、何とか落ち着かせようとした。

「イサオが真面目な看護師だから、俺達から守ろうとして、撃ったのか。
いくら正義感が強い性格でも、それだけで、20年も付き合いのある俺を裏切ったのか。秘密結社には17年もいたんだぞ。それなのに、殺し屋まで雇って、秘密結社を混乱に陥れるなんて、何て恐ろしい男だ。俺とルドルフが、秘密結社でクーデターを起こした時も、背中を押してくれたのは、俺達の為じゃなかったのか。一人の男の為に、全てを捨てるなんて・・・。どうして、どうしてなんだ、ニック!!」

ジョーニーは、こんなに狼狽するシェインを見たのは初めてであった。

「ねえ、貴方も彼を支えてよ。」
ジョーニーが堪らず、じっとテレビ画面を見ている山本に助けを求めた。

山本は防犯カメラの映像を、何度も繰り返して見ていた。

山本が意外な告白をし始めた。
「俺、こいつの事、かなり前から知っているよ。」
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