ジュリアンは、知り合いの男娼と会い、殺し屋・エドワードの特長を伝え、その男が客として来たか尋ねた。
男娼はエドワードがまだ現れていないと答え、同業者にも聞いて回ったが、彼を見た者はいなかった。
しかし、男娼は聞き込みの範囲を広げ、顔見知りの娼婦達にも聞いてみた所、2ヶ月前にいかにも裏社会の男が、一人の娼婦を買った事を掴んだ。
彼女によれば、「大きな仕事の前金を手に入れた」と言って客の男は上機嫌で多額のチップを渡してくれたと証言した。
翌朝になり、モーテルに迎えの車が来て、客の男を乗せて何処かへ行ったとのことであった。
迎えの車を運転したのが、口入れ屋であると彼女は言った。
娼婦は裏社会で働くボーイフレンドがおり、その為裏社会の人間の顔は幾らか知っていたのだ。
ジュリアンは早速、この情報を直ぐさまブライアンに報告した。
「大きな仕事か。」
「具体的に話してくれなかったそうですが、数ヶ月後に大勢の仲間と大きな仕事をする言っていたそうです。」
「それで十分だ。この街の裏社会は、多くの殺し屋を使う程の大きな抗争は今は起きていない。きっと、俺達を狙う仕事で来たに違いない。」
「私もそう思います。この書類に、客の似顔絵や身長等の特徴を書いておきました。私の記憶にない殺し屋なので、きっと遠くの州から来たのでしょう。」
ジュリアンが差し出した書類を、ブライアンは目を通した。
「かなり細やかに書かれているな。これをFBIに提出して、奴について調べて貰う。コリンのお陰で、どうやら糸口を見付けられそうだ。」
「所でコリンの具合は如何ですか?」
「今朝、コリンの顔を見て分かるように、かなり良くなっている。私達と会った後で、病院でリハビリを受けた。その時に、医師から『普段通りの生活に戻って差し支えない』との許可が降り、早速イサオを撃った男の探索を再開した。勿論、デイビットも一緒だ。」
ブライアンの言葉に、ジュリアンは一寸安心したが、目を上にやり考え始めた。
「動けるようになって何よりです。私達は秘密結社ばかり気にしていましたが、イサオを撃った犯人も探さないといけませんね。事の発端は犯人が秘密結社の行動を先回りして、イサオを撃ったのですからね。」
「その通りだ。協力者のアルフレッド・ハンがカナダへ逃亡したからには、犯人が一人で秘密結社に立ち向かわないといけない。殺し屋がここに結集していることは奴の耳にも入っている筈だ。奴は必ず動く。」
「警察に通報出来ないなら、どうして貴男に連絡しなかったのでしょうね。私が犯人ならば、連絡して秘密結社の動きを止めますけどね。」
ブライアンは腕組みをして、考察した。
「これは私の私見だが、犯人は、恐らく警察関係者であり、秘密結社にいる人物だ。そして、身内がその中にいる可能性が高い。だから、私に連絡したら、自分の命、そして身内が消されると考え、あのような暴挙に出たのだろう。そして、イサオを撃った後、秘密結社が動き出し、自分が動けないので、代わりに殺し屋のアルフレッド・ハンを雇い、連中の動きを邪魔したと考えられる。」
「はい、私も貴男の意見に同感です。でも、理解出来ないのが、どうして貴男じゃなく、イサオを撃ったのでしょう。それも瀕死の重傷を負わせる位に。手や足を撃てば良いじゃありませんか。」
「ちょっと怪我を負わせただけでは、イサオに顔を見られてしまう。撃たれる前に、2人は少し会話をしていたと言うが、只の顔見知り程度かも知れん。イサオは、長年高齢者の施設で勤務していた。犯人は中年男性との証言からして、患者の息子か、それ意外で出逢ったのか。イサオの関連先をいくら探しても、それらしき男は出てこなかった。イサオはスピード違反もしていない位、模範的な人間だ。警官と知り合うきっかけなどない。イサオに尋ねてみたものの、襲撃時の記憶を無くしてしまったこともあり、『分からない』と答えているからな。」
「イサオさんの記憶を取り戻せば良いのですがね。」
「こればかりは、医師に任せる他ない。」
「例えちょっとした顔見知りでも、話し合えば良いんですよ。『2日後に君の家で行われる親友の誕生日パーティーで、俺の仲間が君達を襲撃する計画を立てている。だから、奥さんとこの街から逃げろ。俺の事は誰にも言うなよ。言ったら、俺や家族の命は危ないんだ。』と云って。」
ブライアンは両手を広げた。
「そこが、私の理解出来ない点だ。私がもし犯人だったら、ジュリアンと同じ事を言う。真面目なイサオの事だ。直ぐ、犯人の事を秘めて私に連絡して、サラを安全な場所へ避難させる。」
「ですよね。幾ら自分の身が危ないからと言って、助けたい看護師を撃ったりしませんよ。」
「考えれば、考える程、イサオを撃った犯人は恐ろしい男だ。ちょっとでも銃身がずれたら、イサオは死んでいたからな。余程、銃の腕に自信があったんだろ。」
部屋のチャイムが鳴った。
ドアスコープを覗くと、コリンがいた。
その後ろには、デイビットと、ブライアンの同僚のジョン・シグルがいた。
ブライアンは部屋のドアを開け、3人を中に入れた。
「ホテルの玄関で、彼に会ったんだ。」
「私は、色々と現場を見て回っていた帰りなんだ。コリン達は銃器店を回ったそうだ。」
ジョンはブライアンと挨拶のハグをした。
その瞬間、ジョンが気付いた。
「いつもと違う香水を手に付けている。これは、高級な女性用の香水だ。仏製だ。お洒落に気が回る位だから、まだ元気な証拠だ。」
「そういうことだ。」
ブライアンは、ジョンの肩を軽く叩いた。
この香水は、ヴィクトリアがブライアンの情事の後、ホテルに忘れたものであった。
後ほど彼女はメールで、「もう一瓶持っているから、好きに使って良いわ」と送ってきた。
この香水を付けると、情熱が蘇り、心身にエネルギーが沸いてくるのだ。
「全然気が付かなかったな。へえ、ようやくいい人が見付かったんだ。数年前に会った時、出会いが無いって溢していたから、気にしていたんだよ。良かったね。」
コリンが微笑した。
「まだ初まったばかりだ。」
ブライアンは否定しなかった。
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ピザのバイク宅配人の格好をした山本が隠れ家に戻って来たのは、日が暮れた頃であった。
庭やそこに面しているプライベート・ビーチで、殺し屋が思い思いに訓練をしていた。
山本は一旦邸宅の中に入ったが、又外に出て、庭で射撃訓練をしているエドワードに声を掛けた。
「シェインは?出掛けたのか?」
「さっき、出掛けた。シェインと通じているFBI捜査官から電話が入ってな。何でも、イサオの病室に仕掛けていた盗聴器がバレ、その事で捜査官が上司から、病室に出入りした人間についてあれこれ聞かれたそうだ。捜査官はびびり、シェインにこれ以上協力出来ないと言ってきた。それで、慌ててシェインは彼に会いに行っている。」
「困ったな。協力者がいないとこれから大変だ。」
「困るものか。シェインは、既に、ブライアンのパソコンをハッキングしているんだ。それで、奴がFBIと共同で使っているクラウドにも入り込めた。連中の情報は、俺達に筒抜けだ。」
「それで、ここまでスムーズにこれたのか。その上、ルドルフによれば警察に4人の同志がいるから、心配しなくていいな。」
エドワードは驚いた。
「たった4人?俺は19人と聞いたぞ。」
「へえー、シェインは19名も同志を集めたのか。今朝見かけた、若い警官もその一人だね。シェインは刑事を辞めても、結構警察内に仲間がいるんだ。凄いな。ルドルフのと併せて警察に23名の同志がいて、ここにいる俺達22名を足せば、45名だ。それだけの仲間とシェインの情報網があれば、今回の仕事は上手くいきそうだ。」
山本は背伸びをした。
「おい、油断は禁物だ。お前は雑用ばかり任せられているから、訓練は余りやっていないだろ。空いた時間を有効に利用しろ。」
エドワードは、持っていたSIG SG553を山本に渡した。
「分かったよ。」
山本は辺りをキョロキョロし、殺し屋達が近くにいないことを確認した。
「これ、シェインに捨てるように言われたけど、君にやるよ。内緒にしてくれ。」
山本はバイクの荷台から袋を取り出すと、エドワードに渡した。
エドワードは怪訝な顔をして、袋を開けた。
中に、墨色のTシャツが入っていた。
「シェインが言うには、トーマス・アレキサンダーを脅す時に使ったんだって。『もし、警察に俺達のことを言ったら、このTシャツの持ち主に悪さした過去をばらす。』とね。奴、匂いをかいだだけで、コリンのシャツだと分かったってよ。変態だね。」
「これが・・・。」
エドワードは、じっと袋の中身を見詰めた。
鼻孔が僅かに動いた。
「シェインにこの袋を渡された時、うっかり嗅いじゃったけど、31歳の男にしては良い香りだね。」
山本が煽った。
「お前もか。」
エドワードは顔を上げた。
怒りと悲しみに満ちた表情で、これほど他人に感情を露わにするのは初めてであった。
「俺は男の体臭に興味ないよ。俺は、硝煙の臭いの方が好きだ。」
山本はSIG SG553を、的に向けて撃ち始めた。