前回 目次 登場人物あらすじ

トーマスは、Tシャツの持ち主がコリンであると知り、驚愕した。

コリンとトーマスとの過去を知っている執事夫妻も、飛び上がる位に驚いた。


「そうだ。このTシャツの持ち主は、コリンだ。お前は昔、14歳のコリンに悪戯したんだってな。可愛そうなガキだよな。病気の親父を助ける為とはいえ、お前みたいなおっさんに抱かれたんだからな。俺達はみんな知ってるぜ。」


殺し屋達に動揺が広がった。

目の前にいる初老の男が、自分達が倒そうとしている標的の一人にわいせつ行為を働いたことを今知ったからだ。


「あの時は、16歳と聞いていた。私は何も知らなかったんだ。信じてくれ!」


「16だろうが、14だろうが、ガキを抱いたことは犯罪だ。お前が、俺達のことを誰かにバラしたらば、この事を公表してやる。インターネットは怖いぞ。コリンだけじゃなく、周囲にも伝わるからな。若年性認知症を患っているコリンの親父は、ショックで病状が重くなるだろう。コリンはボロボロに傷つく。お前の双子の兄貴は議員辞職に追い込まれる。きっと警察も動く。お前は破滅への道を歩くことになる。」


「何て酷いことを・・・。」

トーマスの体がわなわなと震え、目隠しから一筋の涙が流れた。


「執事達も良く分かったか。黙ってれば、お前達も元の生活に戻れる。コリンは苦しむことは無い。」


執事夫妻は黙って大きく頷いた。


シェインは立ち上がると、1人の殺し屋に見張りを頼み、残りの殺し屋達を引き連れて作業に入った。


殺し屋達は、塀の地下に掘られた穴を使い、隣の隠れ家とトーマスの家を行き来し、銃器類を運び出した。


日が暮れ、大型のトラックがトーマスの家の門を潜った。



隣の隠れ家を見張っていた情報屋は、業者がきたのかと思い、情報屋の親玉であるジュリアンには報告しなかった。


「来てくれたか。」

シェインが大型トラックを出迎えた。


トラックを運転していたのは、警察では一匹狼の刑事と言われている男であった。

「やっと、シェインの力になれた。」


助手席から山本が降りてきた。


「今回は良くやってくれた。お前達とニックのお陰で、FBIと警察はこっちに目を向けていない。」

シェインが2人に労をねぎらった。


「山本は人妻だけじゃなくバイクの扱いも上手い。驚いた。」

刑事の軽口に、3人は笑った。



シェイン達が、外でトラックの荷台に銃器類を入れている時であった。


1台のタクシーが、トーマスの屋敷の近くで止まった。

体格の良い一人の男が降りると、周囲を気にしながら、トーマス邸へ歩いていた。

ルドルフであった。


インターフォンが鳴り、殺し屋の一人が対応すると、カメラの画面にルドルフが映し出された。

慌てた殺し屋は門を開けた。


「FBIにばれたら今迄の苦労が水の泡になるんだぞ!何しに来た!」


「今回もマリアンヌの家から抜け出したから大丈夫だ。それに、俺はリーダーだぞ!作業が気になるのは当然じゃないか。」


「秘密結社を混乱に陥れた男が、俺達を襲撃すると心配したのか。それは大丈夫だ。野郎はここには来ない。」

ミーシャの問いに、ルドルフは答えた。


「俺もその情報は聞いている。その男、殺し屋のアルフレッド・ハンは、何でも屋から銃を買って、車でフロリダ州を出て、カナダへ北上していると。」


「お前の耳にも入っていたのか。」


「ああ、そうだ。俺の警察の情報網から手に入れた。」

本当は、シェインから情報を仕入れた山本が、ルドルフに流してくれたものであった。


「そして、あの男にどうしても聞きたいことがあるから来た。」


「あの男って、トーマスのことか。聞きたいこととは何だ?」


ルドルフはシェインの問いに答えずに邸宅の中に入ると、居間へ向かった。


「もしかしてあの話か!あの馬鹿。変な正義感を出しやがって。」

シェインは、殺し屋達に作業を続ける様に言い渡すと、ルドルフの後へ続いた。

ミーシャも2人の後を追った。


ルドルフは、見張りの殺し屋を居間から出すと、トーマスに質問した。

「聞きたいことがある。」


トーマスはか細い声で答えた。

「何だ・・・。」


「お前はどうして、14歳の男の子を抱いた?確かに、色気のある可愛い子だが、まだ子供じゃないか。」


「16歳と聞いていた。シアトルに住んでいた金持ちの友達に勧められ、コリンからも求められた。それで・・・。」


「それはお前の見方だ。相手は子供だぞ。いくら求められたとしても、その裏には悲しい理由があるとか気が付かなかったのか。」


「あの時は何も知らなかったんだ。信じてくれ。私が真相を知ったのは、10年前だ。シアトルの友達が薬物過剰摂取で亡くなり、彼の葬式の時に、ジョーから教えられた。それ以降、私は罪の意識に苛まれてきた。昨年のクリスマス・パーティで、コリンを再び見かけるまで、ずっと一人で抱えてきたんだ。」


「何が罪の意識だ。ところで、ジョーって誰だ?」


「友達の友達で、龍笛使いの日系人だ。」


「龍笛?」


「日本古来から伝わる横笛の一種で、主に雅楽で使われているものだ。その龍笛の名手であるジョーが、私に色々と教えてくれた。コリンが病気の父親の為に友達の愛人になったことや、その友達の性癖に付き合わされて100人近くもの客を取らされ、私もその1人だったことも。ジョーも友達に勧められ、コリンをベットに送り込まれたが、その気が起きなかったと言っていた。コリンを部屋に戻そうとしたけども、友達に罰せられると聞いたので、一晩中話をして、時間を潰したそうだ。その時、コリンは自分の抱えている状況を打ち明けてくれたそうだ。優しい大人に接して、コリンは心を開いて全てを話してくれたのだろう。」


「いいや違うぞ。優しければ、警察に通報して、コリンを保護させた筈だ。ジョーという野郎もお前も同罪だ。ジョーはどこにいる。」


「葬式以来、ジョーとは会っていないから、今どうしているのか分からない。確か40歳位になっているかと思う。」


「よせ、こんなこと聞いてどうする。」

シェインが、ルドルフを窘めた。


「可愛そうな子供に酷いことをした輩を、潰したいんだ。」


「馬鹿言うな。可愛そうと言っても、金持ちの愛人になり、その愛人に命じられて、客を取らされたのは、コリンの選択だ。それに、既にコリンは31歳の大人になっている。過去には裏社会にいた位、強い男に成長した。とっくに立ち直ってるさ。」


「コリンの他にも犠牲者がいるかも知れないのだぞ、シェイン。コリンに手を出したのが100人近くいたというから、連中の中には今でも犯罪を繰り返している野郎がいる筈だ。シェイン、俺達は今回の件が終わったら、元の秘密結社に戻る。表では片付けられない悪を、影で倒す組織にだ。その時にこういう輩を潰さねば、俺達の存在意義が無い。」


「仮定の話しで、俺達が動いてどうなる。コリンの出来事はシアトルでの話だ。ここマイアミの出来事じゃ無い。4000キロ以上も離れているんだ。それに、シアトルの金持ちはとっくの昔に死んだ。今更、調べようがないだろ。ルドルフ、しっかりと前を見るんだ!俺達は、ブライアンとその仲間を倒さねばならない。コリンは奴の仲間の一人だ。その男に同情は無用だ。」


「リーダーの俺に命令するな!」

シェインとルドルフの口論に、ミーシャが止めに入った。


「そろそろ、作業が終わる。確認を頼む。」


「感情的になった。今は、ブライアンの件に集中しよう。」


ルドルフは、外へ出た。


「なあ、シェイン。ルドルフはもしかして、コリンに惚れたんじゃないか。」

廊下に出たミーシャが、シェインに小声で言った。


「いや、同情だけだ。あいつは、10年以上も付き合っているガールフレンドがいるんだ。だが、」


「だが?」


「肝心な時に、ルドルフの野郎、コリンを逃がしそうだな。可愛そうな子は撃てないと言って。かと言って、あいつを外すわけにはいかないしな。」


シェインは、ルドルフが強くコリンに感情移入している姿を見て、不安を口にした。



2人が外に出ると、ルドルフがトラックに積み込まれた荷物を確認していた。


「気を取り直して、引っ越しを手伝うか。」


ルドルフの近くにいた山本が、シェインの姿を見付けると駆け寄ってきた。

「明日の昼に、スワンスン夫人が別荘を訪問する手筈を整えた。若い警官の方は大丈夫か?」


新しいアジトは、欧州で不動産業を営んでいるスワンスン夫人名義の別荘である。

米国生まれの彼女は、夏の間は別荘を転々とする生活を送っていた。

山本は、シェインと仕事をする前から、スワンスン夫人の愚痴聞き係をしていた。

その関係で、シェインから新しいアジトについて打診されていた。


山本とシェインは、スワンスン夫人所有する幾つかの別荘を調べ上げ、ある1件に目を付けた。

イサオが入院している病院からさほど離れていないが、海岸に面した広い敷地なので、そこなら22名の殺し屋を住まわせ、訓練させても、近隣に気付かれることは無い。

まさか警察も、セレブの別荘に殺し屋がいるとは思いもしない筈である。


山本は、スワンスン夫人に、自分の趣味であるシューティングゲーム仲間の為に、夏の間そこの別荘を借りたいと申し出た。

スワンスン夫人は、ある条件を飲めば、市場よりも格安で貸すと返答した。

その条件とは、一番若い男を紹介することであった。

山本は、平均年齢が30代の殺し屋達の中から選ぶよりも、20代前半のミーシャを候補に考えていたが、シェインは同じ年代の若い警官を紹介することにした。

シェインにとって、ミーシャは仲間では無く依頼人であり、そして80歳になる女性の相手をさせるのに抵抗を感じていた。


「問題ない。明日、若い警官は別荘に来る。俺がこの話を持ってくると、奴は熟女好みだと言って積極的だったぞ。きっと上手くいく。」


「それを聞いて、心置きなく警官を夫人に紹介できる。」


シェインは、コリンのTシャツが入っている袋を山本に渡した。

「これ処分しておいてくれ。」

シェインとミーシャは、トラックの方へ歩き、ルドルフと共に荷物の確認作業を行った。


山本は、ちらっと袋の中身を開けた。

『これが例のTシャツか。14歳の時と変わらず、ヤマユリに似た甘い香りが漂う。エドワードに良い土産になるな。』


=====


コリンはデイビットと共に、イサオの病室へ見舞いに行った。

病室には、サラ、猛、ブライアンがいた。


ブライアンの顔に疲労感があった。

「先日アルフレッド・ハンをあと一歩の所で逃し、今日は君達を盗聴していた秘密結社の男を捕まえ損ね、そしてニックが逃げたと思えば、実は診療所へ急行していただけと判明した。全く連中に振り回されっ放しだ。」


「元気を出して、ブライアン。秘密結社が俺達を翻弄するのは、疲弊させて、襲撃する計画だ。アルフレッド・ハンもその時に戻ってくる筈だよ。君なら、きっと彼らを捕まえることが出来る。」

コリンはブライアンを励ました。


「そう言ってくれると力が出てくるよ。」

ジュリアンは、顔色が少し良くなってきた。


「ジュリアンから聞いたけど、今日のこともあって、FBIと警察は、ニックと秘密結社は無関係ではとみている様だね。」


「そうだ。FBIが診療所の医師に尋ねたところ、ニックの言っている通り、ストレスによる体調不良と発言した。それで、FBIは今朝の秘密結社との関連は無いとの判断を下した。それに警察も長期間見張りをしたが、ニックは職場と自宅の往復しかしていないので、ニックが無関係なのではと思い始めている。しかし、私の勘ではニックは関係あるように思えてならない。奴は、親友に重大な事を平気で隠す男だ。」


「重大な事?」

コリンはそれが、ニックとジュリアンの喧嘩の原因ではと思った。


「あっ、いや、そ、それは大昔にニックが担当した事件の話だ。この件と関係ないものだ。」

ブライアンは慌てた。


その様子を見て、デイビットは17年前の出来事であると瞬時に察した。

猛はブライアンの様子を変だと思ったが、そこまでは気が付かなかった。


「今朝、ニックがロボと戯れている姿を見て、彼が秘密結社にいるような恐ろしい人間とは思えなくなってきたんだ。」


デイビットは、コリンの微妙な表情を見抜いた。

嫉妬心が湧き出たが、必死で抑えた。

「余り情を寄せるな。」


「うん・・・。」

「コリン、人は幾つかの顔を持ち合わせている。君には優しい男性でも、裏は別の顔を秘めている。ブライアンの勘がそう囁くのなら、今日の事は偶然じゃないと思う。私は元警官だから、彼の言いたいことが分かる。何か大きな事が起きそうで、私は怖い。」

猛が口を挟んだ。


「親父、心配し過ぎだよ。俺達のご先祖様の教えにもあるだろ。『考えすぎるな』と。この病院にはFBIと警察が警護しているし、親父とサラには彼らの警備の他に、ブライアンの警備会社が自宅のセキュリティを管理してくれている。今夜は早めに休んだ方が良いんじゃないか。」

イサオは父親に帰宅を促した。


「ブライアン、確か秘密結社には、シェインとかいう元刑事の薬剤師がいたね。彼の行方は分かっているのか?」


イサオの質問に、ブライアンが答えた。


「いや、奴の行方はまだ分からない。言えることは、奴は裏社会に通じており、どこかに潜伏している。きっとミーシャと接触して、私達を襲撃する準備をしている筈だ。ジュリアンが手を尽くして調べてくれている。今、ジュリアン達が監視しているフランスから来た裏社会の人間が借りている家だが、今日は庭で誰かが運動していた位で、何の動きを見ていない。」


「運動?一人で借りているのではないのか。」


「どうも塀の外から漏れる声から推察すると、10名程の人間があそこの家にいるのではと、ジュリアンが私に報告してくれた。その家に出入りしているのは、口入れ屋のみしか確認されていない。奴はいつもスモークが張られているバンを運転している。恐らく、そのバンに人を乗せている様だ。只のバカンスにしては、多くの人数がいる。これも私の勘だが、秘密結社が関わっていると思う。」


ブライアンのiPhoneが鳴った。

「おっと、ジュリアンからだ。」


「大変な事が分かりました。口入れ屋は、全米中から殺し屋を集めています。手下を使って掻き集めた情報によれば、依頼主は不明ですが、殺し屋達に『ニンジャとその仲間と戦う気はあるか』と声を掛けていたそうですよ。」


「とうとうミーシャと秘密結社が動き始めたか。」

ブライアンの頬が紅潮した。


デイビットの目付きが、裏社会にいた時の様に鋭く変化した。


「私の勘も当たったようだ。」

猛が言うと、サラはイサオ手を握った。

サラは震えていた。


「みんなが守ってくれる。安心おし、サラ。怯えてしまうと、秘密結社を勢い付かせる事になるからね。明日も普段の生活を送ろう。恐れない姿を見せること、それが連中に対しての反撃だよ。」


イサオは、サラの手を温かくも強く握り返した。

そして、もう一方の手でサラの手の上を、大丈夫だと言わんばかりにポンポンと軽く叩いた。

サラの震えが収まり、何時もの明るく元気な声で「そうしましょう。」と、笑顔を見せた。


イサオの優しくも毅然とした言葉に、コリンは彼がとても芯の強い一面を持っている姿を17年ぶりに見た。

続き