病室に運ばれた青戸勲は、頭を包帯で巻かれ、体中に管を付けられた。
呼吸、血圧、脈も安定し、後は本人の気力次第であった。
サラは、夫の青戸勲の手を握り締めた。
その脇で、コリンとデイビットは椅子に腰掛けて、青戸勲の様子を見ていた。
日が昇り、知らせを聞いて、青戸勲が働いている高齢者の施設の職員や、サラが勤めているモデル事務所の同僚が病室を訪れた。
皆一同、誰からも慕われている青戸勲が撃たれたことに、ショックを受けていた。
サラは、はっとして、コリンに頼んだ。
「日本にいるイサオの家族に、連絡して欲しいの。」
コリンは、サラから携帯を預かると、時計を見た。
時間は6時過ぎ。
今は2月で、マイアミと日本の時差は14時間。
日本は、午後8時頃であった。
気が重かった。
日本人を母に持つコリンは、日本語が流暢に話せる。
サラは簡単な日常会話しかできない為、大役をコリンに任せたのだ。
コリンはこの場合、どう言って切り出せば良いのか分からなかった。
悩みながらも病室から出て、初めに東京で暮らす青戸勲の兄の携帯へ掛けた。
イサオから聞いた話だと、兄の隼(ハヤト)は警視庁のキャリア官僚である。
留守電になった。
コリンは手短に、イサオが撃たれたこと、命を取り留めて、マイアミの病院に入院していることを告げた。
次は、三重県伊賀市に住む父親の猛(タケル)の自宅に掛けた。
彼は元警官で、定年退官後は糖尿病を抱えながらも、穏やかな年金生活を送っている。
母親の園子は、イサオが3歳の時に心臓病で亡くなり、イサオ達を育ててくれた父方の祖父母も、既にこの世にはいない。
イサオこと、青戸勲にとって家族はサラとその家族、日本にいる父と兄である。
暫くして、青戸猛が出た。
コリンが、イサオが撃たれたことを話すと、落ち着いた声で、「急いで渡米します。」と返事をした。
飛行機の切符が取れ次第、連絡することになり、携帯を切った。
コリンは違和感を覚えた。
イサオが打ち明けてくれた話とは大きく違い、父親の猛は子供ことをとても思っていた。
子供の命よりも、世間体を気にする男には見えなかった。
病室に戻ったコリンは、サラに報告して、携帯を返した。
マイアミ警察の刑事がやって来た。
1人は、マックス・カールマンと名乗り、年は40代半ば、中肉で背が高く、綺麗にまとまった金髪、口髭を生やし、表情から温和な印象を受けた。
もう1人は、ニック・グランドという名前で、年は50代前半だろうか、ぼさぼさの白髪、マックスと同じ位背が高いが細身の体、顔に深い皺が刻まれ、顔や目から何も表情が読み取れなかった。
特に、灰色の目には生気が無かった。
コリンは刑事ニックを見て、約2年前に感じた邪悪な気配を再び味わった。
昨夜から殆ど寝ていないせいもあり、とても嫌な気分になった。