米国・フロリダ州マイアミのモーテルの一室で、コリン・マイケルズは目を覚ました。
自分のiPhoneのバイブレーションが、作動したからだ。
画面を見ると、3:00AMと表示されていた。
『誰だこんな夜中に。』
コリンは、不機嫌そうに発信元を見た。
そこには、コリンが兄と慕う青戸勲の妻・サラの名前があった。
急いで出たが、間に合わなかった。
こっちから掛け直すことにした。
隣に寝ている恋人を起こさぬように、コリンはそっとベットから出ようとした瞬間、右腕を捕まれた。
「そのままだと風邪引くぞ。ここで掛けろ。」
恋人のデイビット・ネルソンが言った。
「有難う。」
コリンはデイビットの優しさに甘え、礼のキスをすると、サラに掛けた。
現在、ネットトレーダーをしているデイビットとは、かれこれ1年以上の付き合いになる。
彼は何時も優しかった。
サラが携帯に出た。
大泣きしていた。
サラの興奮した声に、コリンは嫌な予感がした。
「どうしたの?」
「イサオが撃たれたの!」
コリンは返す言葉が出なかった。
脇で寝ていたデイビットは、コリンの体が一気に冷えたのを感じた。
『只事じゃない。』
デイビットは上半身を起こした。
コリンが、イサオの状態を聞いた。
「左目から後頭部を撃たれて、意識不明の重態で病院に運ばれたのよ。」と、泣きながらサラが答えた。
「直ぐにそっちに行くから。」
病院の名前を聞いて、コリンはiPhoneを切った。
「震えてる。大丈夫か。」
デイビットは、コリンの両肩に手を置いた。
「イサオが撃たれたんだ。それも頭を。」
青戸勲とコリンは、コリンが14歳、青戸勲が29歳の時に、シアトルで出会った。
当時、コリンは8年生(日本では中3に相当)であった。
看護師の青戸勲は、アイルランド系の父と日本人の母との間に生まれたコリンを、実の弟の様に可愛がった。
コリンも青戸勲を、兄として慕った。
コリンが20代で裏社会に身を投じ、6年間交流が一時途絶えたことがあったものの、コリンが足を洗った2年前から、再び兄弟の様な関係に戻った。
出会ってから、今年で17年が経つ。
昨日の夜には、コリンと青戸勲は、サラやデイビットと交えて、一緒に夕食を食べたばかりであった。
とても楽しい一夜だったのに、それが今日になって、こんな悲劇に見舞われるとは信じられなかった。
『あれ程の良い人が撃たれるなんて。』
コリンは呆然としていた。
「病院に行くんだろう。俺のレンタカーで行こう。」
デイビットの一声で、コリンはようやく我に返り、服を着ることが出来た。
病院に着くと、サラが飛び出して、コリンに抱きついた。
青戸勲は、まだ手術室で、緊急手術を受けていた。
コリンはサラに事情を聞いた。
今晩サラは、職場の同僚達と飲みに出かけていた。
家で過ごしてる筈の青戸勲は、夜10時過ぎにダウンタウンのはずれへ出かけたらしい。
その時、誰かと遭遇し、小型の拳銃で撃たれたと言うのだ。
幸いに、現場を通りかかった男性が、直ぐに青戸勲に救命処置を施し、救急車を呼んでくれたので、一命を取り留めた。
救急搬送されたイサオは、直ぐさま緊急手術に入った。
だが、イサオの身元を示すものが見付からず、病院に駆けつけた警察は、身元を確認するまで時間がかかった。
現場検証していた警官が、イサオの車を発見し、その中を捜索した所、運転免許証が発見され、身元が判明した。
サラがその知らせを聞いたのは、帰宅途中のことであった。
手術室の扉が開いた。
医師が出てきた。
「もう大丈夫です。一命は取り留めました。」
医師の一言で、皆は喜んだ。
医師の後ろから、頭を包帯でぐるぐる巻きにされた青戸勲がストレッチャーに運ばれて出てきた。
「奇跡ですよ。弾は左目の脇を通り、左後頭部を貫通したのですが、血管と脳の脇をすり抜けて、脳の損傷は殆どありません。弾が小さかったから、血管の傷もさほど深刻ではなかったのです。それに、撃たれた直後に止血処置が行われたのも、もう一つの奇跡でしょう。」
ほっとしたのか、サラはコリンに寄りかかった。
160センチの小柄なコリンは、細身だが180センチもあるサラを必死で支えた。
「助けた人はどこ?お礼が言いたいよ。」
「それがね、コリン。その命の恩人は、救急車が到着してから姿を消したのよ。」