第一子で長男。というところの育て方は、

 

明らかに過去なる影響を受けながら、自己流だよ!

 

つまりは、私ならこう育てる・・。と、子に対しての愛情(注ぎ方)は、

 

時代反映のもとにあるんだな・・。と

 

当時を振り返ると、私も一生懸命だった。知識がないのは、情報収集しても

 

所詮、そこに置かれた状況・事情を考慮しての「子育て」

 

いくつかのパターンはあることは、なんとなくわかり(例えば、自分の夢を投影する方)

 

(所詮わが子だから、こんなもんでしょ~と同じことを繰り返す方)

 

色々あるんだな~と、肌感でおもっていたころ。

 

ほんとやばいよね、わからないよ~。と、毎日「息しているか?!」の確認作業。

 

とにかく全力注いだよな~。二男が生まれる迄の話だけど・・。

 

ちょっとした症状で、病院に駆け込み。最終的には、精神科紹介しますか?!と言われる始末に、

 

逆にモチベーション上がったのは、所詮医療業界は、そうなんだよな・・・。と

 

知ることができ、漠然とした将来設計自分への課題は「経験値」と「選択肢」をどう伝えるべきか・・。

 

(その頃は、今では盛んに斡旋しているのか「自己肯定感」というのはまだ、無かったころ)

 

と、あらゆるイベントに出向き、その当時はイベントだらけでありがたかったんだよ♪。

 

私の方が楽しんでしまう始末。子どもを通して一緒に学ぶ体験は、刺激的だし。

 

子どもがいなかったら、体験していないであろうな~。しかし・・・・。

 

後に覚えていない・・と言われ、少々傷つく事案だけれど、証拠として「写真」が残っているのだよ。

 

どこかで、すべては「思いでづくり」というのがあり、老後の楽しみの写真は、

 

カメラマンの表現力と技術を学び、当時の知人に絶賛されたものでしたが、

 

「要はアングルだよな」という事を習得し、

 

とにかく第1子は、期待とかじゃなくてどう人生というか、寿命を全うさせるかという

 

事とは裏腹に、思春期に2次元世界に行ってしまった・・・・。

 

過程は、許す場所があった事であろう。

 

アニメから学ぶ・・。ゲームをバカにするな!このころから、脈々と遂行される子ども世界。

 

しかし、大人は…。

 

このころ第2子のお世話に翻弄されていたであろう、第1子の教訓を得て‥。

 

しかしながら、真逆な性格なの?!と思えるくらい、あからさまの自己主張・・。

 

それに付き合う「母」としては後に、「母」ってこういうんじゃないの!!と、訴えられた

 

思春期時代。

 

すんまそ、「母」という定義役割は、あなたが思った背景には他人比べがあったであろう

 

残念ながら、わからんかったよ~~。というか、すり替えたよね!

 

ユニフォーム洗う手間がめんどくさい・・。周りの母は、やっていたけれどその愚痴を聞いていた

 

立場。我が家は「力がつくんだよ~。頑張れ~」と、持ち上げていたけれど

 

引退した後に「さぼりたいからでしょ・・」と言われたときは

 

・・・・・・・。でもさ、これからに役に立つんだよ。と言い放った矢先、

 

自分で洗濯する・・・。やり方がわからない子が散見された。

 

男の子は特に、おおざっぱ・・・。

 

細かいところは女なのかな。

 

中性の方は、ほどほどなのだ。

 

という事で、長男は第一子のため、死ぬまで実は

 

身を案じている・・(心配しながらも見守っているつもり)が、

 

いよいよまずいなと感じたら、駆け付ける用意はあるのよ!!

 

それくらい、第1子にかける思いは、人ぞれぞれだろうけれど

 

あるんだじぇ・・。

 

「初」というものに対しての不安や恐れを回避しながら

 

自分に対しても自信と開放はあるんじゃないか・・。と書きながら、

 

そろそろ、いきますか・・様子見にw。