本日の、ネトフリでみた映画。
感想が難しい。今、この時に見るとはなんというお導き・・。
徹底的、無宗教だが社会人になった途端、あちこちからの勧誘を体験し、結婚した頃にキリスト教と出会った。
仲人の奥様が熱心な信者だった。ソフトなイメージで私も言われるがまましばらくの間、料理を習う名目で
通った教会。妊娠した頃から自然とフェイドアウト。子どもが通う幼稚園で再会しかが、
どこか違うと、アーメンと説法は受け入れなかった。子どもが小学生の頃中良くなった方が、長崎出身でまさに信仰していた。
そう、「長崎」というキーワードで思い出された。映画を見ながら、差別だよな~排除だよな~と思いつつ、そのやり方は残忍で
この時代に生まれてこなくてよかったというくらい、きっと当時はあの踏み絵という今でいう「物」に対するただものではない
心情が重なって踏めない方もいるであろう。仏(ぶつ)と物(ぶつ)、日本語を関連付けすると実に、面白い。
神(かみ)と紙(かみ)も、なかなかなもんだ。
何にすがるというか、どこか自分を守るための信仰だったり、それを咎めるのもあるよな~という。
良心とは。と、今のところの行きつくところ。良心(りょうしん)と両親(りょうしん)。これまた興味深い。
映画を見ながら、色々飛んで考える時間もまた、良い良いと。
江戸時代で、通訳って。すごいな~と思う今日この頃。