戦車という兵器について考えてみる② | Mr.Gの気まぐれ投資コラム

Mr.Gの気まぐれ投資コラム

50代グダグダちょい悪おやじMr.Gの趣味と海外投資に関するコラムです。
香港を拠点に活動する個人投資家であり、自称「投資戦略予報士」Mr.Gがお伝えする海外投資の生情報。
ねだるな勝ち取れ、さすれば与えられん!

 

これほど戦車(Tank)という兵器について考える事はもう二度とないような気がするので、もう少し考えてみたい。

 

昭和の男の子たちにとって、戦闘機、軍艦、戦車というのはプラモデルを作ったりしてまあまあ誰でもハマる類いだったが、プラモ好きだった私は、戦艦や空母のプラモは作ったが、戦闘機や戦車にはあまり縁がなかった。

 

戦車といえば、「やわらか戦車」は私の好きなキャラクターだが、アニメ好きの私でも戦車道を描いた「ガールズ&パンツァー」はまだちゃんと観ていない。

この「ガールズ&パンツァー」は、戦車同士の戦いを戦車道という女性向けスポーツとして描くことにより、本来戦争の道具である戦車から戦争の雰囲気を取り払う目的で製作されたものだそうだが、逆に言えば、戦車という兵器はそれほど生々しく戦争の匂いがする兵器なのだ。

 

戦車という兵器は、装甲で固められた無骨なボディーと、長く突き出た砲塔やキャタピラーなど、見た目は確かにカッコイイが、乗り物として見たときには微妙なポジションだ。

 

兵器である戦車の性能として重視される要素は、その火力よりも、装甲に守られた乗務員の安全性と機動力(走破性)ではないかと思う。

 

特に戦車の進化においては、対戦車兵器の進化から身を守る為の装甲の強化の歴史だったのではないだろうか?

 

戦車の兵器としての存在価値は、その陸上戦における圧倒的な威圧感に集約されている。

 

ウクライナのような壮大な平原での戦いにおいて、戦車部隊がキャタピラー音を鳴らしながら地響きと共に迫ってくるのを想像するとその威圧感は半端ない。

 

このように、陸続きの領土を最終的に占領しに行くのは戦車と歩兵というイメージは確かにある。

 

しかし、皮肉なことに戦車にとって最大の弱点は、利点と同様に装甲性能と走行性能である。

 

また、戦車は開口部が極端に少ないため、視界は狭く死角が多く、外部音が遮蔽され乗員は周囲の音を感知することが困難であるという「目と耳が弱い」欠点がある。

 

反対に、戦車は車体や走行音が大きく、エンジンなど熱源を積んでいるため、暗視装置など技術機材の有無を問わず敵からは察知されやすい。

敵からは見つけやすく、敵は見つけにくいのろまな奴なのだ。

 

ハッチ、外部を観察するための光学装置、履帯や転輪も破壊しやすく、戦車の弱点である。

特にハッチのある上部は装甲が薄く、ミサイルのターゲットになりやすい。

トップアタックが可能なジャベリンミサイルは戦車にとっては恐れるべき対戦車兵器なのだ。

 

一方、戦車と戦う側からすると、敵戦車の弱点を見極めてそこを攻める必要が出てくる。

歩兵は物陰に隠れたり地形に潜んで、戦車を奇襲的に攻撃することができる。

1年前にウクライナがロシアの戦車に対して行ったジャベリンなど携行型対戦車ミサイルによる奇襲攻撃は、報道によれば非常に効果があったことが証明されている。

ロシアの戦車を戦車よりは遙かに安価なジャベリンミサイルでボコボコにしたウクライナが、なぜここに来て世界最強と言われるドイツのレオパルド2の供給を要求したのかは、取られた領土の取り返しにどうしても戦車が必要だということなのか?いずれにせよ膠着している戦況を動かすためには強力な戦車が必要だということなのだろうが、やや理解に苦しむ。

 

攻撃機や武装ヘリコプターといった航空機は、戦車からは察知されにくく、戦車砲を指向させにくい角度の上空から一方的に戦車を攻撃することができる圧倒的な利点がある。

これは、ウクライナがロシアの戦車に対してはやらなかった戦術だが、今回の米英独からウクライナに供給される戦車に対して、ロシアが航空攻撃を仕掛けないとは限らない。

 

戦車が基本的にキャタピラーで地べたを這う乗り物であるという根本的な機動力の限界がある限り、強力なミサイル兵器をいわゆる戦車キラーの戦闘ヘリなどから食らった場合には、単なるのろまな的と化すという点が致命的な問題であり、戦車不要論に繋がっていると考えられる。

 

現代の戦争において、確かに戦車という兵器が本当に有効かどうかについては議論のあるところだが、未だ歩兵が銃で撃ち合うのが戦争の基本だとすれば、陸上における移動型兵器で最強なのは未だに戦車なのかもしれない。

 

しかし、現代の戦争は使用される兵器のコンビネーションが複雑化しており、最強の戦車の投入が必ずしも戦況を有利に導くとは限らない。

 

日本の誇る10式戦車は世界でトップ10以内に入る高性能な戦車らしいが、生まれてこの方後ずさりの「やわらか戦車」はいわば地球最弱の戦車だと言えよう。

 

世界の戦車ランキングに関しては、ミリレポの「世界最強戦車ランキングTOP10」で詳しく紹介されているので興味のある人は参考にしてほしい。

世界最強の戦車ランキングTOP10│ミリレポ|ミリタリー関係の総合メディア (sabatech.jp)

 

こういった最新型の戦車の値段はいったいいくら位なのか?も興味のあるところだが、それについても以下のリンクを参考にしてもらいたい。

世界の最強戦車!値段ランキングTOP10! - 雑学ミステリー (zatsugaku-mystery.com)

 

ダントツで1位の最も高価なのは、「ルクレール」というすぐコワレール感じの名前をもったフランスの戦車で13億円するらしい。

 

独レオパルド2は7億3000万円、米M1エイブラムスは9億1000万円、英チャレンジャー9億2000万円となっている。

 

ちなみにFGM-148ジャベリンは1セット7000万円、ミサイル部のみで2000万円と、高価な戦車をやっつける兵器としてのコスパは高い。

 

しかし実際に人間の命に関わる戦争や軍備でコスパの話は炎上するので禁句である。

 

考えれば考えるほど、戦車という100年くらい前に登場した兵器の味は奥が深く、その未来は謎だ。

 

ガンダムの宇宙世紀に入っても、「ガンタンク」という戦車に限りなく近いモビルスーツが存在していたのを考えると、戦車の未来は人が乗っている限り、足が付いたり空を飛んだりしてモビルスーツのようなものになるしかないが、それだけの機動力をもたらすエネルギー源は核融合くらいしかないだろう。

 

いかなるミサイルでも絶対に壊せない装甲を開発するか、破壊されるリスクが回避できず、動力的に地を這うことしかできないのなら、無人のドローン化するか?

 

どこまで行っても、戦車はその存在の物理的威圧感が全てであり、戦場への投入が戦術的に有効かどうかもわからないし、コスパも悪いし、搭乗者が死を覚悟しなければならないことに当面変わりはない。

 

戦車対戦車、戦車対携行対戦車ミサイル、戦車対航空兵器・・・というどの局面で見ても戦車は攻撃する兵器でありながら圧倒的に攻撃されて不利な立場にあるように見える。

 

そして、その本質は、戦争というものを生身の人間がやってきた歴史のなかで、今のところ装甲装備を備えた移動型の兵器としては生身の人間を戦場で最も保護できる防御能力をもった攻撃兵器が戦車だということにすぎない。

 

こう考えると、戦車という兵器の存在は、戦争というものの愚かさや、虚しさを象徴しているようにも思える。

 

それでも戦車で戦いたいのなら、「ガールズ&パンツァー」の戦車道のような、戦車対戦車に限定したゲームルールが必要な気がするが、それなら戦争そのものを生身に人間が実際に殺し合ってやる必要もない。