テーラリングとプログラミングには似たようなところがあります。
ある程度のルールがある中でゼロから築き上げていくところ、そして常に時代と共に進化していくところです。高専時代もプログラミングは好きでしたし、無意識にそういうものに惹かれていたのかもしれません。
-最高の1着-
師匠であるピノに、今まで作った中で最高の1着はどれ?と質問したことがありました。
その時ピノは「Next one」と答えたのです。
「テーラーは一生勉強なんだよ」 と。
最高の1着は常に更新されているのです。
当時のピノの年齢は80歳近かったと思います。
良いものをつくりたいという想いを軸に、いつまでも最高を追求する姿勢と惜しまない努力に心が震えました。
そんなピノの下で修行しながら、ロンドンカレッジオブファッションも無事に卒業することが出来ました。
《ロンドンカレッジオブファッションでのレポート。作り方の手順を自分で作成しなければならなかった。授業中はメモし、その後レポートとして自分でまとめて提出》
《授業で使っていたボタンホールの練習の写真》
《ロンドンカレッジオブファッションで学んだノートの一部。型紙の引き方の設計図。すべて計算しながら型紙を引いていく》
《ロンドンカレッジオブファッションを卒業したらもらえる資格、ABCアワード》
《ハーディーエイミスで働いた証明書》
-二人目の師匠-
2年間ハーディーエイミスで修行した後、ご縁があって、Kilgour(キルガー)を紹介してもらうことになり、入社テストを受けて就職しました。
新天地キルガーで出会ったのが、鬼師匠スタンレーでした。
《当時の写真。右がスタンレー、左は同期のモリーです》
スタンレーはこの優しそうなビジュアルからは想像できない程仕事に厳しい師匠でした。
怒鳴られ、物を投げられ(ハサミや定規などなかなか危ない)正直辛い日々でした。
職人毎にやり方が違うため、スタンレーのやり方をまた一から学び、その通りにする必要があったのです。(こんなところもプログラミングっぽいですね)
職人に対しての疑問でよくありますよね。
「何故職人はやり方を口で教えてくれないのか」
「見て覚えろなんて時間の無駄じゃないか?」
ビスポークは、師匠に言われたことをただ実行するだけでは出来ません。小手先の技術だけではだめなのです。
ものづくりの際のその視線や姿勢、物の置き方、タイミング、スピード、全てを真似することから始まるのです。
これが出来てからがスタート地点です。
スタンレーは全ての技術を感覚でこなしていました。
それをいちいち口で、
「ここに定規置いて!このタイミングでアイロン置いて!このスピードで縫って!」
…なんて言えないでしょう。
荒川はこれをスタンレーの修行で理解しました。それにより、職人は口下手の謎が解けたのです。
ただし、ピノはそんなことなかったので、本当職人によります(笑)。
そして荒川は、何故スタンレーがあんなに恐い師匠だったのか今なら理解できます。
何故なら彼はめちゃくちゃ忙しかったのです。
自分の仕事をしながら人に教えるのはとても時間と労力が要りますよね。テーラーの仕事は勢いと流れと集中力が大切です。邪魔されるなんてもってのほかでしょう。
しかし、だからと言って、物を投げてはいけません(笑)。
スタンレーは、キルガーの仕事だけでなく、ハンツマン(HUNTSMAN)やリチャードジェイムス(RICHARD JAMES)、ギーヴスアンドホークス(GIEVES&HAWKES)など名だたるテーラーからの仕事の依頼も受けている人気テーラーです。
実はあの有名なスパイアクション映画、「キングスマン」の衣装を手掛けているひとりでもあります。
職人になるには根性が要ります。
厳しい修行でしたが、荒川は、辞めたいと思ったことは一度もありませんでした。元々作ることが好きだったし、スタンレーは恐いけどとても腕の良い、信頼できる師匠でした。
そしてスタンレーは、仕事以外では優しかったです。
夜はロンドンで有名な中華料理店、WangKei(ウォンケイ)によく一緒に行っていました。(ロンドンで1番美味しくて、接客は最悪な中華料理店です。ロンドンに行く際は是非とも行ってみてください)
《2018年8月の写真。今でも仲良しです。》
ピノとスタンレー、2人の職人により、ビスポークの魅力に取り憑かれた荒川は、ビスポークテーラーになる道を選んだのでした。
テーラーの仕事をピノは「Life」として、スタンレーは「Job」として捉えており、それぞれのやり方が荒川の人生と仕事に今も根付いています。
続く。
【サルトルリサルタス公式HP】
https://sartorresartus1971.co.jp/
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