今日は病気を発祥した中学時代です。
夢と希望をたっくさん、もって入った中学校で、小学2年生で台湾から転校してきたMちゃん。今は帰化してHちゃんと仲良くなった私。
2年生当時、まだまだ日本語を話せなかったHちゃん。
ぬり絵をお互いにしながら少しづつ、コミュニケーションをとっていきました。
そんなこんなで、彼女も私の人生の親友です。
彼女が中学に入って、「バスケットボール部」に入部すると。そして当時仲良かったおともだちが殆どばすけぶに入部するとかで、特にやりたいことのなかった私は流されるままバスケ部へ。
ところが、これが脊椎を悪くしてしまう要因だったのです。
わかっていたら誰も入部しません。
初めての縦の関係。先輩後輩とか、沢山のことにワクワク胸を踊らせていました。
ところが現実は甘くありません。
1年生の秋に腰を痛めました。酷い腰痛と痺れ。
整形外科に行くと、バスケは無理との診断。
その当時ついた診断が「椎間板ヘルニア」でした。
その時、かなり酷くて体育は見学を言い渡され、部活はプレーヤーからマネージャーへ。
この時、最初の挫折を味わいました。
体育は出来ないからこそ、やりたくない人たちから羨ましがられ、困りました。
体育はレポート提出で成績をもらうので、いいわけがありません😭
学校の帰りには整形外科に行かなくてはいけない。部活もマネージャーとはいえ、ちゃんと出来なくて、結局病院も途中から通わなくなってしまいました。
なんとかなるって思っていたんですよね。この時は。
それでも良くなるわけないので、痛みが酷くなると病院に行っての繰り返しで、とうとう体育はどの学年でも見学が殆どでした。
自分の身体のことをイチイチ言うのも嫌で、治療に真面目に受けなかったのがいけなかったんだと後から後悔する羽目に。
そして股関節が悪かったのも影響していたと思います。
そんなこんなで、運動以外は楽しかった中学生活でした。
この頃、人生のモテ期が来てたようにも思います。
中学卒業の時に告白してくれた男子は高校時代、入院していたわたしをどこかで聞き付けて病院に良くお見舞いに来てくれました。
その後、私が行くと決めた専門学校に彼がいた時は驚きましたよ。
本当にびっくり😨
高校はのんびりゆっくりとやって欲しいという親の希望もあって私立の女子高に行きました。
性格がさっぱり系で、困ってる人を放っておけないタイプだったので、男女関係なくお友達は多かったのです。
つづく
