まがんだんがびー!あこあいしサーニン♪

 

昨日は、一宮で働くフィリピンの2人の方と交流しました。

 

とってもいい方たちで、こういう人たちがたくさん働いてくださってるんだよなあ…、なかなか仲良くなる機会ってないよなあ…とあらためて思いました。職場の方を誘ってくれたメンバーに感謝です♪

 

 

さて、最近のことばについての妄想ですニヤニヤ

 

先日、言語学者の今井むつみ先生が出演されているYouTubeを拝見しました。

最近ベストセラーになっている「言語の本質」を書かれた方です。

 

 

 

この中で、ことばというものは象徴である、というお話がありました。

 

たとえば「りんごというもの」と、「りんご」という音は、本来なんの結びつきもなく、アップルでもなんでもいいのだけれど、「りんご」という音が、りんごというものを象徴していると人間がきめているわけです。

 

こういう、何かと何かを結びつけることができる力というのを、赤ちゃんは見立て遊びの中で育むから、おもちゃなどはなるべくつみきのように何にでも使えるようなものがいいのだそう。赤ちゃんは、つみきを携帯電話に見立てたり、電車に見立てたりして自由にあそぶけれど、これが、まるで携帯電話そっくりに精巧に作られたおもちゃだったら、携帯電話としてしかあそべません。

 

 

この話を聞いて、「あ、だからことばは音が先なんだなー!」と思いました。

ヒッポではよく、音が先、意味があとからついてくる、というのです。

 

赤ちゃんがことばを自然に習得するとき、まずは音をシャワーのようにあびて、音がどんどん入ってきます。はじめは音に意味があるなんて思うよりも、ただあそぶように音を聞いて、口から出しているのだと思います。そして、少しづつ、その音に意味をみつけたり、意味をもって使ったりするようになります。その音は、つみきやねんどのように好きなように使えるので、その意味も多様に使うことができます。

 

これが、ことばを勉強するとなると、音と意味が同時に入ってきます。意味はいいから音だけ先に覚えて、なんて言われることありませんよね?

でもそうすると、音が意味に縛りつけられているので、なかなかその意味以外に音を使うことができません。たとえば私たちが英語の辞書を引くと、意味がいくつも書いてあるものがたくさんあります。一つ目の一番基本の意味はわかるけれど、二つ目三つ目の意味はなんとなくイメージしにくかったり、四つ目五つ目まであると、なんで同じ単語がこんなに違う意味を持っているんだろう??とまったく理解できなかったりすることがありませんか?

 

本来、音は自由にイメージをふくらませて、いろいろな意味を象徴することができるんです。たとえば「おいしい仕事」という表現をきくと、勉強していたら「食べ物でもないのにどうして??どういう意味なの??」と混乱してしまうかもしれませんが、自然に母語として習得した人なら、なんとなくその意味をイメージすることができますよね。こんな風に、人間は、音を自由に使うことができるんです。

 

40年以上前に、誰も多言語が話せる人がいないところからヒッポの活動が始まって何年か経ったころ、自己紹介ができるようになったのが嬉しくて、みんながお互いのまねをしながら自己紹介をするのがブームになりました。

ヒッポの創始者の榊原陽さんは、それを

 

「意味と音が近すぎる」

 

と表現していたそうです。

たしかに、わたしたちは自己紹介はできるようになったけれど、ことばを話せるという感覚はまったくありませんでした。自己紹介以外のことは、何も話せなかったんですね。もっと自由に、ことばを歌って、ことばであそんで、音をいっぱいからだの中にとりこんで、自在に音を使えるようになるのが自然だよ、自分のもっている音でなんだって表現できるんだよ、赤ちゃんはそうしているよ、と言いたかったのかな、と思うのです。

 

 

 

久しぶりに、みつけたー!!!って感じがして、わくわくです爆  笑

 

私と一緒に、ことばと人間について、妄想しませんかー?いつでもあそびにきてくださいねーラブ

 

 

 

 

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