你好!我是サーニン♪
今日は、誕生日だったんですが、なんと家族のだれ一人気づいてなかったようです(苦笑)。
さ、さみしい…。
でも、このブログがいつになく、ものすごくたくさんの人に来訪していただいたので、それが神様からのプレンゼントになりました。みなさん、ありがとうございます♪
さて、共同研究発表のことでもちきりですが、引き続きその話題です(爆)。
前々回、視覚野のところで、「二言語はがんばって脳がフル回転状態だけれど、三言語は母語と同じような状態」というようなことを書きました。
ヒッポの代表理事もつとめたDちゃんも、「まるで、二言語より多言語の脳の方が優れているように読み取れて、少し違和感がする…。多言語が本来の人間の自然な状態で、二言語ではそれが働かなくなる。極論すると、ことばを覚えて勉強しようとすることは、かえってマイナスに働くともいえるのでは…?」と質問していて、あ、私が思ったのと同じ!と嬉しくなりました♪
酒井先生も肯定的なご回答でしたね。
多言語を「優れている」と表現されれば、私たちの多言語活動を評価していただいているようにもとれるのに、そこに違和感をもてるDちゃんはすごいな、と思いました。多言語の状態は、ただ当たり前の、人間本来の自然さを取り戻しただけなんですよね。二言語に無理がある。
でも、これを学校の先生方に伝えるのは、なかなか勇気がいるなあ…。今までの英語の授業はなんだったの??ってことになりますよね。だから、革新的な発見なんだけど。
そんなことを考えてたら、ああ、英語の先生も国語の先生みたいになるってことかなあ…、と思いました。昨日「ことばができることに、読み書きは含まれない、聞いてわかればいいだけ」と書きました。国語の先生は、日本語が聞いたり話せたりする子に、読んだり書いたりすることを教えます。聞いたり話したりするのは、勉強ではなく自然にやること。聞いて話せる子に、読んだり書いたりすることを教えるのが勉強なのでは?今までは、それを一緒くたにしてたからうまくいかなかったのではないでしょうか?これなら、すごくすっきり!
今まで早期教育はあまり好きじゃないな、と思っていたけれど、これなら、早い段階、保育園や幼稚園で英語や多言語の環境を創ることもいいかもしれない、と思えてきます。自然に聞いて浸る環境を創るのには、子どもみたいに遊んだり歌ったりするのが一番!でも、大きくなればなるほど、そんな子どもみたいなこと恥ずかしい、っていう意識を持ってしまいそうだから。
英語って、音楽や体育みたいな教科なのかもしれないなーと思ったりもしてきました。音楽や体育の先生は、もちろんテストで点数をとれることも教えないといけないけれど、テストで点数をとれなくても、本来歌うことも運動することも誰にでもできる。それよりも、歌ったり運動したりすることを楽しめる人を育てることの方が、重要な科目なのではないでしょうか。
英語も、点数なんかとれなくても本来話すことは誰にでもできる。それより、英語でコミュニケーションをとることは楽しいんだ、と感じられる教育が一番大切なのでは?
うーん、突き詰めると、どの教科もそうだ、ということになりそうな気もするけど(汗)。
なんてことを考えていると、今朝読んだ「愛しのカメルーン×トーゴ」の中で、ハルさんこと小出治史さんの書かれている文章にまさに同じことが!
「身体的で生命現象そのものといってもよい聴覚分野の「聴く・話す」と社会的で文化的現象の視覚分野の「読む・書く」は全く別物ではないか?音声言語は「音学」文字言語は「文学」と分けて、独自にそれに見合った新しいカリキュラムを用意する」という提案をされています。
考えていくと、みんな同じ結論にいきついていくのかな。なんだか、新しい教育の方向性が見えてきたみたいで、ワクワクしてきました♪共同研究が、新しい世界を創っていくかもしれません!
多言語ですごくなりたいんじゃない、自然に生きたいんです♪
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【メディア掲載の一部】
(この中の「文教.com」で紹介されています) ●朝日新聞デジタル ●マイナビニュース ●d menuニュース
●日経新聞
https://r.nikkei.com/article/DGXLRSP607592_Q1A330C2000000?s=6
●東京大学プレスリリース
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00003.html
●Scientific Reports誌 掲載論文
https://rdcu.be/chOMs
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