れいほー。我叫サーニン♪
今日は、ヒッポファミリークラブフェロウたちとのミーティング。
先日、発表された東大、MIT、ヒッポの多言語人の脳についての共同研究論文について、みんなで思ったことを話しました。
先日、私が書いた、ことばと視覚野についての考察を聞いてもらったあとの仲間のことばで、自分の中で、多言語人は新しいことばを聞いて理解する時に視覚野が働き、二言語人は働かないのはどうしてなのかが腑に落ちました!
先日の記事はこちら↓
「私も、ヒッポやってなかったら、そんな風に、うーん、どういう意味なんだろう…appleはりんごで…って考えながら話すような人だったと思うよ。今は全然違うよね。」
みたいな感じの感想を言われたとき、人が話を聞いてる時のイメージがぱーっと浮かんできました!
私たちが、ホームステイなどで出会った人の、知らないことばを聞くときは、目を見開いて皿のようにして、全身を目のようにして、ことば以外のすべての情報も全部全部、毛穴まで開いて吸収したい!って感じで、「一体この人は何を伝えたいんだろうー????」って全身全霊を傾けて聞きます。
でも、これが英語を聞き取って理解してやろうと、ことばだけに意識が向いているとき、逆に頭しか使ってない、脳みそを必死に動かしていて、目なんか開けてられない!!って感じになりませんか?
酒井先生が作ってくれた「脳の冒険」という絵本の中で、脳のある動物には目がある、という記述があって、びっくりしたことがあります。目は脳の出先機関なんですね。
人は複雑なことを考えるとき、無意識に薄目になったり、目を閉じたりするそうです。資格情報を処理するのは、キャパオーバーになるから、目からの情報を遮断するんですね。
「母語を聞いているときは左脳しか活動していないのに、二言語人になると右脳も使われる。三言語人は母語を聞いているときと同じように左脳しか使っていない。」
これを聞いた時、二言語の人は、左脳だけでは処理しきれなくて、脳をフル活動してるのかな、多言語の人は母語と同じくらいラクしてるのかなと感じました。
視覚野が働くのも同じことではないでしょうか。
多言語人は、脳を必死になってフル稼働してない。リラックスして聞いてるから、音を聞いて、「この渋い声はおっさんかなー」とか、「今度はお堅いアナウンサーみたいだなー」とか、まあそこまで明確に考えてないだろうけど、なんとなく無意識にイメージを持って聞いている。二言語の人は、「聞き取らなきゃ、意味はなんだろう」って必死になって考えてるから、脳がいっぱいいっぱい。もしかしたら、MRIの機械の中で目をつむって聞いてたかもしれません(MRIの中ではそもそも目隠ししてるのかもだけど)。どんな人がしゃべってる、なんてイメージはわかないですよね。
そう、私たちは声を聴いただけで、なんとなく無意識にイメージを持ってしまうんですね!
声は振動だから、小さい子は高い声、大きい人は低い声、女性と男性でも、年齢でも全然違う。話し方でも怒ってるのか笑ってるのか、瞬時に感じ取ってしまう。それが視覚イメージになるのは、当たり前なんです!
勉強して、ことばだけを聞き取って意味を理解しよう、と思ったとたんに、視覚野が働かない、という不自然なことが起きる、という方が正しいのではないでしょうか????
これは全部私の妄想ですが…(笑)。
どうなんでしょうねー♪
【メディア掲載の一部】
(この中の「文教.com」で紹介されています) ●朝日新聞デジタル ●マイナビニュース ●d menuニュース
●日経新聞
https://r.nikkei.com/article/DGXLRSP607592_Q1A330C2000000?s=6
●東京大学プレスリリース
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0109_00003.html
●Scientific Reports誌 掲載論文
https://rdcu.be/chOMs
視覚野が働いてしまうくらい脳ががんばらないラクチンな自然習得のおもしろさ、
体感してみませんか?
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