れいほー。我叫サーニン。

 

先日、オンラインで20分講演させていただきました。

捨てられない性格で、60分でも話しきれなくていつも時間が足りないのに、20分でどうやって話そう???といっぱいいっぱいでかなり苦しみましたが、当日は小学2年生と4年生の男の子がいたので、子どもたちにもわかるように話したいな、と思って楽しく話せました♪

呼んでいただいた、茨城のみなさん、ありがとう!

 

 

講演するときは、いつも何日も、何を話そうかなーとぼんやり考え続ける日々をすごすのですが、そうすると、毎回必ず、「あ!そうか!」と思えるような発見がおりてきます。それはもう不思議なくらい。人間って、ホントにふしぎですね。今回も、自分の中で気づいたことがあるので、それを書いてみたいと思います。

 

人間だけがことばを話す生き物、という話をすると、「そんなことはない、動物にも動物のことばがある」とよく言われます。動物好きな人には特に、「動物も私たちのことばがわかってる!」と主張されます。なんだかんだ言っても、動物が本当はどうなのかは、動物じゃないのでわからないのだから、あまり動物はこうだ、と言わない方がいいのかなーと思わなくもないのですが、人間と動物は何が違うのかな?と考えてみることは、人間とは何か?人間のことばとは何か?をみつけるのに、人間の特徴というものをよく考えてみる視点をもらえるような気がします。

ヒッポの創設者の榊原陽は、その著書の中で、「人間は二足歩行をすることによってバランスを崩すと倒れるかもしれない、という不安から死の概念を持つようになった。死ぬことを識った人間は、生きる意味という問いに直面した。そこから、時間と空間という意識をもつようになった。動物のことばは「今、ここで」という域を超えない信号でしかないが、人間のことばは時間と空間をはるかに超えたものである」と述べています。

 

 

 

 

私は、これが人間と動物をわける特徴だなーと思ってきたのですが、今回考えていて、人間と動物との別の違いに気づきました。それは、「質問しない」ということです。

 

今回、講演の中で、「自然の中では、人間は想像力を駆使して、ことばの波(リズムとメロディー)から大まかな意味を想像して聞くことができる、わかることができるすばらしい能力を持っている。それなのに、勉強では、知っているか知らないか、しか考えなくなってしまう。テストやクイズは、実は考える力を殺してしまうのではないか。教えてもらったことはわかるが、教えてもらってないことはわからない。自分で想像してみつける力を放棄してしまうのでは?」という話をしようとしました。(実際には前半部分くらいしか話せませんでしたが)

 

その時に、ふと「テストやクイズは質問に答える」という形式だな、と思いつきました。英語を勉強する時なども、かなり早い段階で「あなたは男ですか?いいえ男ではありません」というような疑問文という名の文章を習います。「あなたは何が好きですか?」とか。そして2人組になって会話練習したりします。

でも、動物や赤ちゃんは、こちらに何かを伝えてくることはあるし、こちらの言っていることをかなり理解していたりすることもあるけれど、質問してきたり質問に答えたりすることはないのではないでしょうか。ハチもダンスでえさのありかを伝えたりします。でも、えさはどこにあるの?と聞かれたからダンスをする、というわけではない気がします。犬に、どこに散歩に行きたい?と聞いたら、こっち、と違うルートへ歩き出したりもしないのでは?

 

傾聴の講座で学んだ時に、傾聴では質問はしません、と習いました。子どもが学校から帰った時に、「学校どうだった?」とか、「楽しかった?」とか、「何して遊んだ?」とかすぐ聞いてしまいます。でも、それだと子どもが本当に話したいことは話せないと。質問しないで会話をするのは、すごく難しくて、いまだになかなかできません。

 

想像する、というのはエネルギーのいることです。質問するということは、そのエネルギーを省エネすることができる、便利なことばの進化した形なのかもしれません。でも、省エネでラクをすることで、相手に寄り添い、よく見てあげる、よく聞いてあげること、相手の気持ちを想像する、ということが少しおろそかになっているのかもしれません。

 

ヒッポの活動の中で、自由におしゃべりする時間があります。その時間は、わりとみんなが順番に思い思いに自分の話したいことを話す時間です。私は以前から、この時間にもっとみんなで質問しあったらいいのにな、と思っていました。ヒッポでは意外に、多言語でどう質問するのかを知らなかったりすることがよくあるのです。

よく、海外の人とホームステイ交流をするときにも、質問することで会話がはずみます。フランスなどに留学してきた子は、ホストのママに「あなたは私に何もきかないけど、私に興味がないのね」と言われた、などと話してくれます。だから、もっと質問するのが上手になればいいんじゃないかな、と思っていたのです。

 

でも、ヒッポの活動では誰が考えたのでも決めたのでもなく、自然になんとなくみんなが今の形に落ち着いてきました。もちろん、まったく質問をしない、ということでもなく、質問することもありますが、割合的には圧倒的に自分の話したいことを自由に話す時間の方が多いのです。もしかしたら、あたたかく、人に寄り添ってきく、ということは、こういう場なのかもしれません。なんでも話せる場、とは、みんなが簡単に次々と質問してくるのではなく、想像力を駆使して、ただ相槌をうちながら黙って共感してくれる場なのかも。

 

高校留学に行こうとしている子に向かって、私はその国のことばで話してあげたいと思って、一生懸命その国のことばで質問していたけれど、それはすごくその子を苦しめていたんだなー。苦しそうなのは見てとれたけど、「行ったらこういう環境なんだから、がんばれ!」という気持ちで追い詰めていました。うーん、大反省。私が楽しくその国のことばで話しているのを聞いてもらうだけでよかったんだなー。

 

「今日来てる服は素敵だね」とか、「昨日はいい天気だったから、外で遊ぶのも楽しかっただろうねえ」とか、何も質問しなくても、観察と想像で会話を弾ませることができたら、会話の達人になれちゃうのかもしれないなー。

 

そんなことをみつけた、今回の講師体験でした。毎回、不安と緊張で吐きそうになるけど、またやりたいです(笑)。みなさん、ぜひ呼んでください(笑)。

 

 

ヒッポの講演会や講座は、おもしろいですよ♪ぜひ聞いてみてください♪

 

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