「ある男」谷口大祐が、戸籍を売らざるを得なかった事情には、本当に胸が痛んだ。「親ガチャ」という言葉もあるが、本人とは何の関係もない「死刑囚の息子」という宿命は、本当に苦悩の連続だったと思う。
谷口大祐は不慮の死を遂げたが、後半の3年9ヶ月は里枝との愛を育み温かい家庭を築いた、彼の人生で最も幸せな時間だったと思う。義理の息子の悠人が「父さんが優しかったのは、子供の頃自分のお父さんにしてもらえなかったことを僕にしてくれたからだ」という言葉に感動した。母の離婚と義理の父の死という不幸な家庭環境の中で、義理の父の過去をも受け入れ、優しく真っ直ぐに生きていこうとする悠人はりっぱだと思う。里枝の「大祐さんの過去がどうであっても、大祐さんと過ごした時間は本当に価値ある時間だった」という言葉も重かった。
弁護士の城戸章良も在日韓国人3世という複雑な出自をもち、妻の香織との関係もぎくしゃくした中で、誠意をもって谷口大祐の過去を調べ上げる姿に、執念のような強い意志を感じた。香織との関係を修復して、親子3人で温かい家庭を築いていってほしい。
本物の谷口大祐と奇跡的な再会を果たした元恋人後藤美涼も、2人の関係を修復して結婚してほしい。
谷口里枝役の安藤サクラさんの陰りや涙など細かい表情の機微のある演技。谷口大祐役の窪田正孝さんのストイックで体当たりの演技。城戸章良役の妻夫木聡さんの優しさも含んだ誠実な演技。他の俳優さん達も芸達者揃いで見応えのある秀作映画だった。