2月18日 №366
彼の兄たちは、父が兄弟たちのだれよりも彼を愛しているのを見て、彼を憎み、彼と穏やかに話すことができなかった。
創世記37章4節
えこひいきほど人の心を悲しませるものはありません。父がヨセフを愛する姿に兄たちは気分を害し、その攻撃の的をヨセフに向け、会話もできないほど憎みました。
しかし、父ヤコブは、ヨセフを愛し兄たちを憎んだのではありません。兄たちも救うために、ヨセフに心を注いだのです。時に、神は一人の人を特別扱いされます。ルターやウエスレーや多くの者を特別扱いして、御自分の器に作り上げました。これは差別ではなく、全ての者に御自分の恵みを分けるためでした。事実、私たちは主に特別な扱いを受けた歴史上の信仰の先輩たちや、周りにいる人々から、多くの恵みを受け取って今日に至っています。
ある教会や兄弟姉妹の祝福を見る時、ヨセフの兄たちのようですか。それとも「…あらゆるしかたで、キリストが宣べ伝えられているのであって、このことを私は喜んでいます」(ピリ1章18節)と言い、「へりくだった心をもって互に人を自分より優れた者としなさい」(同2章3節)を受けとめますか。
友よ。他者を祝福することは、自分の祝福です。