2月25日 №373
「ここから、もう立って行ったはずです。あの人たちが、『ドタンのほうに行こうではないか。』と言って…」
創世記37章17節
ヨセフは、兄たちを捜して父の住むヘブロンから直線距離で70キロほど離れたシェケムに来ました。兄たちはそこで羊を飼っているはずでしたが、彼らはもっと先のドタン方面に向かって行った、と聞きました。
人は、兄たちのように、父なる神から遠くへ、さらに遠くへと離れて行きます。愛し合う者同士は、近く、より近く寄り添います。神の愛がわからない者はより遠くへ離れ、愛を知る者は近づきます。天の父の愛に、「移り変わりや、移り行く影はありません」(ヤコ1章17節)。人の方が、「羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向って行った」(イザ53章6節)のです。神が人を捨てたのでなく、人が父の愛を拒みました。
友よ。怒り、憎しみ、愛を放棄すること、自分や他人ばかり見ること…それらも神から離れている姿です。神は、「あなたは、どこにいるのか」(創3章9節)」と愛するゆえに語気を強めます。人の本当の居場所はドタン(井戸=「この世の水」)でなく、父と御子と聖霊の「霊のいのちの水」のあるところです。