10月2日 №592

「私の名が先祖アブラハムとイサクの名とともに、彼らのうちにとなえ続けられますように。」

創世記48章17節

 彼の大胆な要求は、アブラハムや父イサクと肩を並べることでしょうか。子孫に、いつまでも覚えて欲しいとの願いでしょうか。いいえ、彼の願いは、自分も偉大な先祖の1人であることを覚えられることではありません。

 彼が「私の名が」と言う名とは、「ヤコブ」ではなく「イスラエル」の方です。自己中心の「ヤコブ」を「イスラエル」に変えた偉大な神の存在を知って欲しいのです。

 それは、「子たちよ。私(ヤコブ)は、自我が強く神に逆らう愚か者だった。しかし、神は私をイスラエルに造り変えてくださった。だから、お前たちがどんなに自分に失望しそうになっても、神に祈り、叫んで欲しい。こんな私さえ作り変えた神は、必ずお前たちを救い出し、造り変えることが出来る」とのメッセージです。

 友よ。自分が神を愛する神の子に変えられたことを語り続けましょう。そして子孫が、「神は、アブラハムやイサクやヤコブのように、私の祖父母や父母を救い、私をも神を愛する人(イスラエル)にしてくださった」と、語られるような先祖になりたいものです。