8月10日 №539

彼は答えた。「はい。ここにいます。」

創世記46章2節

 かつてヤコブが神の声を聞いた時、ベテルでは条件を出し、ヤボク川ではケンカ相撲でした。しかし、今の姿は、かつてのヤコブ(押しのける者)から想像もつかないほど素直で、まるで、サムエル記に登場する幼子サムエルのようです。

 人は、古いヤコブのように、御声を聞いても素直に反応できず、従えない訳を滔々(とうとう)と述べ、逆に意見すらするものです。そして祈る時は、「異邦人のようにくどくど(説得説得)」(マタイ6章7節・口語訳)と祈ります(漢字は筆者の当て字)。

 かつての「複雑なヤコブ」と、今の「単純なヤコブ」、また「複雑で弱い信仰」と「単純で強い信仰」の違いは一体なんでしょうか。それは、神に自分の考えを差し出すか、自分自身を差し出すか、の違いです。幼いサムエルは、「はい。ここにおります」(Ⅰサム3章4節)と、口先の言葉の応答ではなく、語りかけてくださる主に自分自身を差し出していました。 

 友よ。神は、あなたの意見や能力や雄弁さでなく、「あなた」を求めているのです。ヤコブとサムエルのように、「はい、(私は)ここにいます」と応える、単純で強い信仰者になってください。