7月26日 №524
「ききんはあと五年続きますから、あなたも家族も、また、すべてあなたのものが困ることのないように、私はあなたをそこで養いましょう。」
創世記45章11節
ヨセフは、家族をエジプトに呼び、全ての必要を満たすと約束しました。そして、飢饉はまだ5年続くと告げました。
信仰は、見ないで信じることが求められますが、様々のことを経験して信じることも事実です。飢饉がまだ続くことも、エジプトの生活がどうなるのかも、ヤコブの家族はまだわかりません。
しかし、信仰とは、出来事(飢饉が五年続くこと・快適なエジプトの生活)を信じることではなく、「出来事を起こすお方」を信じることです。癒しや奇跡などは、神の愛を示すと共に、それらを起こす方を信じ、見せるためでした(マルコ2章10節参照)。
見ないで信じ、経験して信じることは二人三脚です。兄たちはヨセフを信じてエジプトに行き、エジプトに行ってさらに信頼(信じる)できるようになります。同じく、主の御人格を信じて御言葉に従い、御言葉に従うことに伴うしるし(事実)を見て、さらに信頼できるようになるのが信仰です。
友よ。恐れず主に従ってください。従わねば信じられないこともあります。信じて従う者の結果については、主が責任を取ってくださいます。