7月9日 №507

あの子が私といっしょでなくて、どうして私は父のところへ帰れましょう。私の父に起こるわざわいを見たくありません。」

創世記44章34節

 後にユダは、イスラエル12部族のリーダーに選ばれます。神の選びは、神の一方通行ではありません。それは、神から始まりますが、人が応えることで成就します。

 神の働きが行われるために選ばれる人の特徴は、能力や性格などよりも、神を愛している人です。それは、父なる神の思い「一人も滅びないで、永遠の命を得ること」(ヨハネ3章16節)を共有する人です。自分の願いを遂げたい人でなく、父の御心の成就を願う人です。

 ユダが、自分を省みず、父の悲しみと願いを自分の悲しみと願いにしていたように…です。主イエスは、自分だけが天の父の子であることに満足せず、罪人を救い、天の父の子にするために、世に来て十字架につかれました。それは、「あの子(あなた)が一緒でなくて、どうして天の父のところへ帰れましょう」との固い決意からでした。

 友よ。主イエスの心を知った私たちですから、「主よ。私を連れて行ってください」と答えましょう。さらに、「家族も、あの人も一緒にお願いいたします」と執り成して祈りましょう。そのとき、一番喜ばれるのは、天の父なる神です。