6月26日 №494
ところがその杯はベニヤミンの袋から見つかった。
創世記44章12節
ヨセフ事件を企てた兄たちは、「弟のことで罪がある」と罪意識を持っていますが、加担しないベニヤミンにはありません。罪意識のない彼の袋から銀の杯が見つかったことが、「ベニヤミンの袋の杯」=「原罪」を表すメッセージとなっています。
原罪とは、「ベニヤミンは絶対に自分で入れていませんが、確かに袋にあった」というものです。それは、生後入った病原菌でなく、母の胎に宿る前、両親の遺伝子の中にあったウイルスのようです。あまりにも、「自分自身のいのち」なので、それが悪性のウイルス(罪)だと気づきません。
それがわかるのは、神に接し、自分の姿を知り、なんとか御心にかなう人になろうとしても、神の御心にかなえない自分を知る時です(ロマ書七章七節から、それを教える最高のテキストです)。
だからこそ、解決は、一度死んで生まれ変わる、主イエスの十字架と復活にあずかる以外にありません。
友よ。罪を軽く見て、福音は喜び、笑い、解決済み、などという安価な恵み主義にだまされず、しっかりと罪をみつめてください。貴い恵みがわかります。