5月29日 №466
さて、その地で のききんは、ひどかった。彼らがエジプトから持って来た穀物を食べ尽くしたとき…、
創世記43章1~2節
飢饉に関する話がルツ記にもあります。ベツレヘムのエリメレク家が飢饉を逃れるためモアブへ行き、そこで夫と二人の息子を失い、妻ナオミは息子の嫁ルツと共に自国に帰りました。戻ったルツは親戚のボアズの親切を受け、やがて嫁ルツはボアズと結婚します。
この家族が夫と二人の息子を失ったのは、モアブ(この世)に出て行ったからです。モアブに出て行ったのは、ベツレヘムにいた裕福な親戚ボアズに救いを求めず、自分の力で生きようとしたからでした。
「親戚(贖い人の意)」の「ボアズ(力にて)」こそ、主イエスの予表でした。人にとって、穀物の飢饉以上に「霊的飢饉」はさらに深刻です。それは、ボアズという裕福な親戚を信頼して求めず、この世で自分の力で生きる人が直面する飢饉です。
友よ。「エジプト(この世)から持ってきた穀物」はすぐに食べ尽くされます。私たちの本当の食物は、「わたしは天から下って来た生けるパン…、わたしを食べる者も、わたしによって生きる」(ヨハ6章50~57節)と言われる、ボアズなる主イエスのもとにあります。