5月11日 №448

ヨセフは兄弟たちを見て、それとわかったが、彼らに対して見知らぬ者のようにふるまい…

創世記42章7節

兄たちとヨセフの出会いの場面は、殺人未遂犯と被害者の出会いそのものです。ただ、加害者は被害者の顔がわからず、被害者は加害者を知っている!

 主イエスと私たちの係わりも、彼らの関係と同じです。イエスを十字架につけた加害者は私たちです。しかも、日々被害者イエスと出会っていますが、そのお方がイエスだとわかりません。

 一方、主イエスは一人ひとりのことを全て知っています。主は、私たちに十字架につけて殺した加害者が自分であることを知って欲しいと願っています。それは、御自分の悲しみや傷を憐れんで、あなたに謝って欲しい、というのではありません。主は、自分のことより、私たちに本当の赦しを得て自由になって欲しいと願っています。

 主が知って欲しいことは、「最も大事なこと、…キリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、…三日目によみがえったこと」(Ⅰコリ15章3~4節)です。

 友よ。主の願いは、罪赦されて復活の命を持ち、神を愛し、自分を愛し、隣人を愛し、あなたが喜んで生きることです。