5月1日 №438

ヨセフはエジプトの地に産した七年間の食糧をことごとく集め、…町々にたくわえた。

創世記41章48節

 王が見た夢は現実となり、豊作の年が七年続きました。豊作貧乏があるように、穀物はただ同然の値でパロの倉庫に買い集められ、やがて来る飢饉のために蓄えられます。彼らは、恵みの時に蓄え、苦難の時に用いました。

 人生の苦難や飢饉を乗り越える霊的蓄えが必要です。「蟻は力のない種族だが、夏のうちに食糧を確保する」(箴言30章25節)。人の夏とは、「わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。今は恵みの時、今は救いの日です」(Ⅱコリ6章2節)という淡々と過ごす日々が、「恵みの時」です。
この時に、「絵に描いた餅」ではなく、「命ある穀物」を集めなくてはなりません。絵は「知識」で、命は「御言葉の受肉」です。

 御言葉の受肉は、ヨセフの言葉にエジプト人が従ったように、日頃から、主の御言葉に「聴き従う」ことです。「あの人は大きな試練に会ったので信仰が成長したが、私にはなにもないので?信仰が…」の評価は間違いです。日ごろ蓄えたから、苦難(飢饉)の時に神はそれを用いて働けるのです。

 友よ。今日も御言葉を蓄える大切な「恵みの日」です。