4月10日 №417

献酌官長はヨセフのことを思い出さず、彼のことを忘れてしまった。
 

創世記40章23節

 強い信仰者でも、孤独の中に長く置かれると、神に忘れられたように思い、信仰も弱ります。すると、自分の手の届くところにある救いに手を伸ばす誘惑にかられます。 

 ヨセフは、牢獄から出て行く献酌官長に、「私を思い出してください」(14節)と頼み、彼は「お前のことは、絶対忘れず王に申し上げる」と約束しつつ、獄を出たことでしょう。しかし、非情にも献酌官長はヨセフを思い出しません。

 「鼻で息をする人間を頼りにするな。そんな者に、何の値うちがあろうか」(イザヤ2章22節)の御言葉が見事に当てはまりました。しかし、献酌官長にヨセフのことを忘れさせ、後に思い出させるのも、神です。

 人々は、「主は私を見捨てられた。私の主は私を忘れられた」と言います。しかし神は、「 女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようとも、わたしがあなたを忘れることは決してない。」(イザヤ49章14~15節)と宣言します。

 友よ。神はあなたを決して忘れてはいません。ただ、解放する、最も良い時を待っておられるだけです。