4月8日 №415

献酌官長をその献酌の役に戻し…。しかしパロは、ヨセフが解き明かしたように、調理官長を木につるした。

創世記40章21~22節

 王に対する謀反を企てた張本人は、料理役でした。献酌官は元の職に戻され、調理役は木につるされて殺されました。

 今日の日本では、「生かされる」「殺される」ということをほとんど考えず生きています。戦時中は、「召集され」「…へ送られ」と、自分の意思を超えて「生死」が決められました。 

 その世界では、「生と死」が、常に第一に考えねばならない問題でした。神がヨセフに二人の運命を知らせたように、神は人の「生と死」について明示しておられます。「神は、むかし先祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、この終わりの時には、御子によって…語られました」(ヘブル1章1~2節)。  

 今は、神の御子が直接、「私が道であり、真理であり、いのちなのです」(ヨハネ14章6節)と語ります。時代が平和でも戦時中でも、「いのちの戦い」は変わりません。それは、「役に戻し(天国へ)」、「木につるし(地獄へ)」の二つの道です。平和という麻薬に、いのちへの真剣さが麻痺させられてはなりません。