2月28日 №376 

ルベンは…、彼らの手から…救い出そうとして「あの子のいのちを打ってはならない。」と言った。…父のところに返すためであった。

創世記37章21節

 長兄ルベンには、父の寝床を汚した罪の痛みがありました(35章22節)。父に対する負い目もあってか、弟たちのヨセフ殺しに加担できず、後で救う計画を秘めて右の提案をしました。彼は罪の怖さを知っています。

 罪の痛み悲しみを知ることは、罪に対する抑止力となりますが、それだけではヨセフを後で助けようとしてもできなかったように中途半端です。モーセの十戒も消極面=「…してはならない(マコ10章19節)」と、積極面=「…しなさい」があります。その積極面は、「愛しなさい(同・12章30~31節)」です。 

 罪への恐れだけでは、他者も自分も本当に救えません。人を罪から守り救うのは愛です。愛しているなら、殺す、別れるなどできません。愛は無意識の中で律法を守ります。「愛は律法を全うします」(ロマ13章10節)。ルベンが一歩進んで、自分を犠牲にして弟たちに臨んだなら事態は変わりました。

 弱い友よ。愛することが問題の本当の解決策です。罪を「捨て、離れ、退ける」だけではなく、「近づき、引き寄せ、受け入れる」愛も必要です。