1月31日 №348

あなたがたの男子がみな、割礼を受けて、私たちと同じようになることです。

創世記34章15節

 ディナの兄シメオンとレビは、シェケムの人々へ妹の復讐を企てます。その策略は、妹との結婚のために、自分たちの神を信じ、その契約として割礼を受けることでした。

 過去のキリスト教国による植民地支配は、等しく信仰を強要しました。「信仰」こそ、人間の最も大事な「基本的人権」と「いのち」です。だからこそ、自分の信仰を強制することは、基本的人権の最大の侵害であり、殺人罪です。

 それでは、人々に「イエスを主」とする信仰を強く勧めてはならないのでしょうか。いいえ、それ以外に救いはありませんから(使徒4章12節)、いつでも伝道しなければなりません。ただし、兄たちのように、伝道を自分の利害に利用してはなりません

 友よ。教会が勧める伝道や自分の家族への伝道のウラに、教勢拡大や指導者の欲徳、自分の利害が隠されていませんか。伝道は、相手を愛するためであって、自分や教会や組織は仕えるものになり、むしろ犠牲となるべきです。その愛が相手の心を動かし、「兄弟たち私たちはどうしたらよいでしょうか」(同2章37)と尋ねさせるようになります。