1月18日 №334
「私を去らせよ。夜が明けるから。」…「去らせません。私を祝福して下さらなければ。」
創世記32章26節
神は、ヤコブのもものつがいを外し(自我を砕き)、やっと彼を降参させました。ここに至るまでに20年の月日と多くの出来事が必要でした。「神の愛と人の罪の戦い」は、神がヤコブに仕掛け、つがいが外れた時から逆転し、ヤコブの方が神と戦っています。
神と人との最初の戦いは、神が人に罪を認めさせ、降参させる戦いです。しかし、第二ラウンドは、人が神にしがみつき、勝利を得るまで離さず去らせない戦いです。それは、神を激しく責める(祝福を要求する)「祈りの戦い」です。
罪を赦された恵みに加え、その先の復活の恵みを求めることは祝福を何倍にもします。主が弟子たちに祈りを教えた後に、友人に激しくパンを求めた記事があります(ルカ11章)。それは、「主の祈り」を理解しても、それを行う命がないと気づいた人の行動です。主は、「…求める人たちに…聖霊をくださる…」(13節)と約束されました。
友よ。強情なヤコブが強情な祈りの人になったように、私たちも激しい祈りの人になりたいものです。かつての罪への熱心を、聖霊を求める祈りの熱心に代えたいものです。