12月22日 №308
ヤコブは…ラケルのところにも はいった。ヤコブはレアよりも、実はラケルを愛していた。
創世記29章30節
不幸な家族生活が始まりました。人の不幸の大きな要因に、一夫一婦制が破れ、もう一人の異性が入り込むことです。ヤコブは、姉レアを妻とし、一週間後に妹ラケルも妻にしました。後に、彼女たちに連なる女奴隷が加わり、この家庭は二人の妻と二人の女奴隷の四人が妬み争うようになります。さらに、四人の女たちから生まれる子供たちも…。
「何がなくても愛があれば」と願うその愛は、純潔あってのことです。神は、人をご自分の型に男と女に造られました。父と御子が愛の交わりを持つように、人同士も愛し合う喜びに生きるためでした。いのちは誰かとの「つながり」と「交わり」にあります。
それならば、親や伴侶や友人知人に恵まれず、独りの境遇にいる者に幸福はないのでしょうか。いいえ、ヤコブは「レアよりも…ラケルを愛した」が、私たちは「レアやラケル(人々)よりも神を愛する」ものです。
友よ。人々はとても大切ですが神はさらに大切です。「神の国と義を求める」原則から外れての幸福はありません。人同士の愛は、「添えて与えられる」祝福です(マタ6章33節参照)。