「何ということをしてくれたのだ。もう少しで…あなたは我々に罪を負わせるところだった。」
 

創世記26章10節

 イサクの「妹事件」は、彼だけの罪にとどまらず、領主アビメレクの罪に発展するところでした。人は独りでなく他者との関係で生きていますから、一人の罪がその人を超えて他者を巻き込むものです。

 私たちの罪も自分だけで終わらず、「ひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり…全人類に広がった…」(ロマ5章12節)と同じく、多くの人の罪へと発展することがあります。

 「1人によって全人類に罪が」と考えるとやり切れませんが、しかしその逆も可能です。それは、「1つの義の行為によってすべての人が義と認められて、いのちを与えられる」(同18節)のです。主イエスの父なる神への従順が、アダムから引き継いだ罪を消し去ってくださいました。

 友よ。私たちは「天の御国の…学者」であって「自分の倉から新しい物でも古い物でも取り出す一家の主人」(マタ13章52節)です。 古いもの(アダムのもの・肉)を取り出さず、新しいもの(聖霊)を取り出して使い、御霊の実を結び、神へ栄光を帰しましょう。