11月3日 №259

兄が弟に仕える。

創世記25章23節

 神が定めた「兄は弟に仕える」の決定を、人は変えられないのでしょうか。神の決定に、財産も子たちも健康も失ったヨブは、うめきつつ神に叫びました。自分は若者ですからと辞退したエレミヤは、それでも預言者になりました。聖書には、神がなされた「決定・選び・召し」に戸惑う人々の姿を随所に見ます。

 「兄は弟に仕える」との神の定めは、差別ではなく「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っている…それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるため…」(エレ29章11節)の中に解答があります。聖書には、御心に反抗した王や民衆で満ちています。彼らは、神の御心を動かし自分の思いを遂げようとして不幸な結果を招いた人々です。

 兄だからリーダーではなく、弟に能力があるからリーダーでもなく、神の賜物です。兄は弟に従うことで幸福になります。

 友よ。賜物を重要視し過ぎてはなりません。どの賜物を持っているかよりも、いかにして相手に「仕えるか(愛するか)」が重要です。全ての賜物は自分のため以上に、神と人を愛する(仕える)ために受けたものですから…。