10月23日 №248

「私が遅れないように…。主人のところへ行けるように私を帰らせてください。」

創世記24章56節

 しもべの働きは、嫁をもらう側も与える側も共に喜び合える大成功に終わりました。

 しかし、ここに「成功した場に留まろうとする肉」が隠れています。教会を成長させた牧師・尊敬される長老・賞賛を得た奉仕者…は、その地位から離れたくありません(長期奉仕の善悪でなく、立場や賜物に固執する間違い)。サタンは、神の恵み(賜物・働き・成果)に目を釘付けにし、主御自身から目を離させ、神の器を地獄へ落とします。

 「主御自身」のみを見つめる者は十字架を見て謙遜にされ、「恵み・賜物・働き」を見る者は十字架の苦痛抜きの復活、安価な恵みを喜びます。アブラハムのしもべは、成功し賞賛される場に留まらず、すぐに主人の所に帰ろうとしたのは、十字架の主のもとに帰ろうとしたのです。

 素晴らしい奉仕や賜物や恵みが、岩(主イエス)と家(私)の間に溜まる砂となることがあります(マタ5章24節~参照)。砂(恵み・賜物・働き)の上に建つ家は少しの変化で壊れます。

 友よ。主に命じられた働きを行い多くの恵みを得るほどに、一刻も早く十字架の主の御許に帰りましょう。