10月15日 №240
彼は(しもべ)…祈った。(新共同訳)。
創世記24章11・12節
しもべに1番必要なことは、主人の願いを「聴く」ことです。次は、すぐに行くこと(従順)と思いがちですが、その前に「祈る」ことです。その次が「行く」ことです。ですから、御心を聴いたら、最初になすべきことは、祈りの場に行くことです。
ある人が、「現代の教会に不足しているものは、神学、資金、人材、セミナー、方法論でもなく祈りです。祈りの不足が説教も、資金も、人材も、魂の救いも、神の子の成長も与えられません」と言われたのは真実な忠告です。なぜそれほど「祈り」なのでしょう。
それは、神は霊ですから霊的なこと、「人の業を超え、神のみ業として行われること」を求めます。たとえば、結婚は男女の好き嫌いでもできますが、神の求めは「自分の思いで相手を選ぶのを超え、神より受け取ること」、が神の喜ぶ霊的なこと(結婚)になります。
「しもべは…祈った」という単純な一言を、知識にすることなく現実にすること、これを神は喜ばれ御自身の御業を行われます。
友よ。「日本のリバイバルを」との祈りも必要ですが、神の求める祈りは「小さなことを、本音で、実際に」祈ることではないでしょうか。