10月13日 №238
しもべは……出かけた。
創世記24章10節
しもべは、主人のために存在し、主人から聞き、主人に従います。しもべ自身にも考えや日々の生活があるのは当然ですが、自分の好き勝手はできません。すべてが主人のためです。「出かけた」とは従順をあらわします。
ある人が、マタイ25章のたとえ話に記されている主人としもべの関係を、次のように説明していました。…「5、2,1」タラントで商売をするように命じられたしもべたちの結果に大きな違いが出たのは、5タラントの人は、「すぐに行って」とあり、2タラントの人も「同様に」と書いている。しかし1タラントの人は、「出て行くと」とあるが、「すぐ」がない。この「すぐ」が決め手であった(榎本保郎著「一日一章」)…と。
1タラント預かったしもべは、主人の命令に従わず、自分で考えたことを行いました。信仰は、自分の考えを推し進めることでなく、神の言葉への従順です。「すぐ」の言葉こそ、「従順」の度合いを量る言葉と言えます。
友よ。神の御心がわかったなら、小さな従順(謝罪・感謝・悔い改め・仕える…)を行うために「すぐ」に出かけてください。その先に、大きな従順を受け止められる自分がいます。