9月30日 №225
その所に祭壇を築いた。そう してたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。
創世記22章9節
この時のイサクの年齢は10歳を超えています。仮に12歳としても110歳を超えた父より力において勝ります。それなのに、イサクは抵抗もせず、父に縛られるまま自分の身を委ねていることは不思議です。
この親子の姿は、「屠り場に引かれる小羊のように、毛を切る者の前に物言わない羊…」(イザ53章7節)なる、父の神に屠られる小羊イエスの姿です。イサク(小羊イエス)が父アブラハム(父の神)の刃物を受け入れ、祭壇のたきぎに無抵抗に横たわったのは、「彼(イエス)は、私たちの病を…、痛みを…、咎を担う」(同4・5節)ためでした。
イエスの無抵抗(従順)は、父を恐れたためでなく、サタンの頭を砕き、人類の罪を滅ぼすための身を捨てた最大の抵抗(戦い・反撃)としての無抵抗でした。それが十字架でした。
友よ。主はローマ兵より弱いのか!ピラトとヘロデより権力がないのか!律法学者に負かされたのか!サタンに平伏したのか!否、私を愛したために、イエスは抵抗せず、黙々と屠り場(十字架)へ自ら進まれたのです。