9月5日 №200
「私は彼女に、『私たちが行 くどこでも、私のことを、この人は私の兄です、と言っておくれ』と頼んだのです。」
創世記20章13節
サラはアブラハムの妹(従妹)ですが、それ以上に妻です。夫婦の愛は、相手の存在を受け止め、全面的に責任を負い合うから一体です。それを、「二人称の関係」とも表現できます。
アブラハムは、一体である故の危険が迫ると、妻を「妹」にし、「二・五人称」のようにしました。それは、恵みや利益があるときは「妻」で、損失や危険な時は「妹」にする自分の身を守る処世術です。また、自分のために相手を利用する愛(エロース=価値追求愛)で、自己犠牲を避ける利己主義になります。
主から、「恵みは受けても、苦しみや迫害はごめん」と思う者は、この時のアブラハムと同じです。その人は後に、「あなたは、冷たくもなく、熱くもない(二・五人称)…吐き出そう」(黙3章15・16)との言葉を聞くことになります。世では中庸が安全地帯と思われがちですが、神の国では危険なところです。
友よ。あなたと主は確かな二人称(花婿と花嫁)になっていますか。それとも、時には二・五人称(友人・知人)にしますか。主に密着し、花嫁になってください。花婿は花嫁を、命を捨てて守ります(ヨハネ10章28節参照)。