9月2日 №197

「あなたが正しい心でこの事をした…。それでわたしも、あなたがわたしに罪を犯さないようにしたのだ。」 

創世記20章6節

 アビメレクは、自分の行いが正しかったと神に弁明します。たしかにその通りですが、神はその彼に、「あなたがわたしに罪(サラを奪う)を犯さないように」したのは、この「わたしだ」と言われました。

 こで、「わたし(神)に罪を犯さない…」とは、神の選びの器・アブラハムの妻が奪われることは、神の栄光が汚されることです。神は、それを守るためアビメレクの罪をとどめました。しかし、神に選ばれた器(牧師や長老)への追従を求めているのではありません。牧師に従うことが神に従うことではなく、神に従うから牧師に従うのです。神に従うからこそ、神の方法で神の器に接すべきです。

 兄弟(牧師も)が罪を犯したなら、二人だけのところで(マタイ18章15節)、または二、三人の証人と共に(Ⅰテモ5章19節)、神の愛により、真摯に話すことを怠って非難してはなりません。

 指導者もあなたも、互いが罪から守られることは、「わたし(神)に罪を犯さないように」守られることです。互いに罪人だからこそ、御言葉に従うことが必要です。