7月25日 №151

「サライの女奴隷ハガル。あなたはどこから来てどこへ行くのか。」…「あなたの女主人のもとに帰りなさい。」

創世記16章8~9節

 だれでも、正妻に意地悪され、実家に逃げる身重の女ハガルに同情します。神なら当然、ハガルの境遇を知り、彼女に恵みの逃れの道を備えるだろう、と考えます。しかし、神の言葉はとても厳しいものでした。

 全てを知る神なのに、「あなたはどこから来た」と尋ねられます。これは、「あなたは、どこから落ちたかを思い出し…なさい」(黙示2章5節)と同じ質問です。この同じ言葉を、困難から逃げようとする者に、神がいつも語っておられます。問題から逃げても解決はありません。むしろ、「問題の出所」に帰ることを教えます。しかし、それは女主人サライの所に帰って身を委ねることではなく、神の所に帰り、神の御手に委ねることです。

 迷う友よ、恐れてはいけません。それは、「アコルの谷を望みの門」(ホセア2章15節)にして、そこからあなたに将来を与えようとする神の深い御計画です。神の幕屋の聖所は厚い幕に囲まれ、この世の光は届きません。しかし、世の光がない真っ暗の中に、「燭台の光(光なるイエス)」が輝きます。そして、この世でなく、神をはっきりと見せてくださいます。