7月9日 №135

「くつひも一本も…取らない。…『アブラムを富ませたのは私だ。』と言わないためだ。」       

創世記14章23節

 ソドムの王は、この地域の国々を救ったアブラムの功績に無制限の報酬を提供します。しかしアブラムは、当然得てよい報酬なのに、「糸一本、靴ひも一本」も受け取ることを拒みます。その理由は、自分が「あなたによって富んだと言われたくない」からでした。

 ある人が信仰の秘訣について、「クリスチャンは世で生きるが、世を自分に入れないこと」と言いました。アブラムは、報酬を受けることでソドムの王に影響されることを避けました。それは、この世で神の子として生きる自信が彼にあったからでなく、むしろ自信がなかったからです。彼は、富や権力や賞賛に、自分がいかに弱いかを知っていたので、「靴ひも一本」も頑固に拒否しました。

 「自分自身に・信仰の弱さに・サタンに・誘惑に・金銭に・健康に・人々に」対する恐れは、クリスチャンの武器です。アブラムも、ギデオンも、ダビデも恐れを持ちましが、この「恐れ」が神に対する「畏れ」を生み出し、これが世に勝つ勝利の信仰となりました(Ⅰヨハネ5章5節参照)。友よ。今日も「恐れ」と「畏れ」の両方を弁え、正しく用いて歩んでください。