7月3日 №133

その時、サレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒を持ってきた。(口語訳)

創世記14章18節

 口語訳聖書がこの節に、「その時」を入れているのは賢明です。「その時」とは、ソドムの王の魅力的な提案にアブラムが答えようとした「その時」。アブラムが罪を犯す危険の最も高くなっていた「その時」。神が介入し、アブラムを守ろうとする「その時」でした。

 この時、メルキゼデクはアブラムに金銀名誉でなく、パンとぶどう酒「聖餐」を与えました。大祭司キリストから、ぶどう酒(罪の赦し・十字架)とパン(永遠の命・復活)をいただくと、世の王が差し出すものは色あせます。

 誘惑には、「あれ・これをしない」では勝利できません。勝利は、心から神を愛する者となることです。人は愛を受けた分だけ、愛する人になれます(ルカ7章47節参照)。「わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい」(Ⅱテモテ2章1節)。

 友よ。聖餐式は、神の愛を知る偉大な恵みです。初代教会の礼拝の中心が聖餐式であったように、神の子たちが集う時、とくに主の日の礼拝において毎週行われることを願います。牧師がいなくても、一家の主人が、一家の霊の先人が、だれでも聖餐式はできます。