7月2日 №132

シャレムの王メルキゼデク…。彼はいと高き神の祭司であった。 

創世記14章18節

 突如現れたメルキゼデクこそ、イエス・キリストを表しています(へブル5章6節参照)。「イエスは二千年前に生まれた」と語ることは、「それ以前はいなかった」となり、人々の目をさえぎります。

 エマオ途上の弟子は、「目はさえぎられて」(ルカ24章16節)同行するイエスがわかりませんでした。「さえぎる」は、何かを「掴む」の意で、彼らは「十字架で息絶え、墓に葬られた主」を掴み、生きている主が側にいても見えませんでした。聖書に対するつまずきの一つがこれです。クリスマスは主の「誕生日」でなく「降臨日」です。

 「まことに、まことに、あなたがたに告げます。アブラハムが生まれる前から、わたしはいるのです」(ヨハネ8章58節)と主は言われました。従って、アブラハムやモーセや預言者に語ったのは、主イエス御自身でした。

 このことを信じるか否は、「旧約と新約」を別ものに、イエスを「神か人か」に分けます。これこそ聖霊の御業です(Ⅰコリ2章10~)。

 友よ。イエスこそ、あなたのメルキゼデク、「あなたはとこしえに祭司である」(ヘブル7章21節)お方です。