6月21日 №121

アブラムは、エジプトを出てネゲブに上った。彼と、妻のサライと、すべての所有物と…。

創世記13章1節

 アブラムは、カナンで祭壇を築き祈りましたが、飢饉に見舞われエジプトに下り、自分を守るために妻を妹と偽りました。このような状況の中で、彼らはかすり傷一つ負わず、むしろ多くの財産を授けられて戻ってきました。これぞまさに神わざ(恵み)です。彼の経験は、全てのクリスチャンの経験です。

 事実、私たちが神の恵みを経験するのは、順風満帆の場よりも罪の傷と悲しみの場においてです。「それでは…恵みが増し加わるために、私たちは罪の中にとどまるべきでしょうか」(ロマ6章1節)。否、このあわれみは再び罪にとどまらないようにするために神が送る励ましですから、主の寛容の富を軽んじてはなりません(同2章4節参照)。

 愛する友よ。私たちも同じ過ちを何度も繰り返しましたが、それなのに、今も主は私たちを捨てていません。しかし、恵みの陰には大きな悲しみが隠されています。なぜなら、「罪の価は死」を満たしての回復と救いだからです。主の恵みを受ける度ごとに、見える恵みの奥に隠れた見えない恵み(十字架の痛み)を観つつ、今の恵みを受け取ってください。