6月18日 №118

「どうか、私の妹だと言ってくれ。そうすれば、あなたのおかげで私にも良くして、あなたのおかげで私は生きのびるだろう」

創世記12章13節

 アブラムは、祭壇(礼拝)を失い、エジプトに下りました。それは、親の保護を離れ自力で生きる幼子のようです。親に守られず、自分で自分を守る結果、自己中心の塊となり、妻を犠牲にしてでも自己保身を計ります。

 神の子は、良心の痛みから完全な嘘はつけませんが半分の嘘はつきます。事実、妻サラは異母兄妹ですから妹ですが、更なる事実は妻です。この偽りは恐れから、恐れは不安から、不安は全能の神から離れているところから出ます。神を畏れず、人を恐れるからです。

 「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる」(詩37・5節)という御言葉の反対は、「自分で自分を守れ。自分に自信を持て。自分で実現せよ。」になります。人生の主客が「神」から「自分」になってはなりません。「自分のいのちを得ようとする者は、それを失い、私のためにいのちを失う者は、かえってそれを得る」(マタイ10章39節)ことを忘れないでください。

 友よ。アブラムのように、不安や恐れと自分で戦ってはなりません。天の父を信頼し、弱さをさらけ出して、「助けて」と素直に祈って下さい。