6月8日 №108

サライは不妊の女で、子どもがなかった。

創世記11章30節

 カルデアのウルで豊かに暮らしていたアブラム一族が、都会の便利な生活を捨て、不便で危険なカナン移住を決心できたのはなぜでしょうか。理由の一つに、ウルの人々の太陽神崇拝が考えられます。真の神・ヤーヴェを信じる家族にはなじめない違和感です。しかし、その「違和感」こそ恵みとなります。

 さらに、アブラムの妻サライが、「不妊の女で子がなかった」ことも理由にあげられます。当時の風習では、別の女を入れて子を得るのが当然のことでしたが、彼にそれはできませんでした。彼を神に向かわせたのは、「世間との違和感」と「自分の弱さ(跡継ぎがいない)」といえます。

 強さと成功により、神に近づいた人を知りません。自分の力のなさ、他者を頼っても解決できない悲しみ、弱さ、欠けを知る者が主の名を呼びます。否、その人に語り続けておられた、主の招きの声を聞けるようになります。

 友よ。行き詰まりの壁は、恥でなく、神に弾き飛ばすバネになります。「なぜなら、私が弱いときこそ、私は強いからです」(Ⅱコリ12章10節)。自分の弱さを、神からの賜物として受け取れる人が、神によって強い人にされます。