6月3日 №103

「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。」(2)

創世記11章4節

 人々が建築し始めている町と塔は、この後の記事から神の御心でないことがわかります。それは、塔は「権力」、町は「団結」を表わし、神を離れ人間中心の世界を造ろうとしていたからです。そこは、「人の、人による、偉大な人(権力者)のための政治」となり、神は締め出されどこにも登場できません。

 さらに、町と塔の建築目的は、「名を上げる」ためでした。神を無視した人間社会には、カリスマ(超人間的・英雄・予言者)が現れ、絶対存在者に君臨します。ここに至って「あの暴君が」などと反抗しても万事休すです。 

 これは教会の中にも起こります。牧師を塔(主)に立て、自分たちの町(組織)を造ります。なぜなら、自分の願いを遂げるには、「神」よりも、「人」が便利です。神は罪と妥協してくれませんが、人は罪に協力してくれるからです。「言(イエス)は、自分の民のところに来たが、民は受け入れなかった」(ヨハネ1章11節)とは、教会とクリスチャンにも語られています。

 友よ。自分の属する教会が、キリストを頭とし、キリストに聞き従い、キリストを崇める教会となれるように祈りましょう。