6月2日 №102
「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。」
創世記11章4節
神が人を御自分に似せたのは、「自由意志」のみならず、「諸々の能力」も然りでした。人は学習し、知識を蓄え、自然科学や芸術など神わざのように行います。人々は、町を造り天まで届く塔を建てるほどになりました。
しかし、神に与えられた神わざ的能力は、人を高慢にしました。人が自信を持つに比例して、神への信頼を失います。バベルの塔と町を建て始めた人々は、自分たちの持つ可能性に胸を高鳴らせ、熱心に働いていますが、それが神から離れ、神に反逆することだとは気づきません。信仰者がまじめで熱心なのに、なおいのちの確信を持てずにいる理由の一つは、「神御自身」ではなく「神の恵み=能力・御業・賜物」に心を奪われるからです。
神に似せて造られた友よ。自分の能力に目を向け、自分が被造物であることを忘れ、神になってはなりません。いのちは、能力(恵み)にあるのでなく、「このかたにいのちがあった」(ヨハネ1章4節)という人格(イエス御自身)にあります。「さあ、われわれは、『キリストの町(キリストの体・神の国)』を建て、『キリストの塔(イエスを主)』に従って生きよう」となるべきです。