3月25日 №40

あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。

創世記3章19節

 人は、土のちり(両親とこの自然世界からつくられた肉体と心。それを「肉」とも表現します。)の中に、いのちの息を受けて生きる者とされました。それなのに、その息はどこに行ったのでしょう。人が一生を終える場所は、やはりお墓(土)なのでしょうか。

 20歳の青年が、やけどで入院した父のベッドの側で、「これらの人はみな、信仰をいだいて死んだ。まだ約束のものは受けていなかったが、はるかにそれを望み見て喜び、そして、地上では旅人であり寄留者であることを、自ら言いあらわした。 そう言いあらわすことによって、彼らがふるさとを求めていることを示している」(ヘブル11章13・14節)の御言葉に心が震えました。(拙者)

 人が天国を渇望する時、いのちの息が土のちり(肉)を聖くし、その人を変えます。いのちの変化は、生きる基準も希望も変えます。 

 友よ。「ちりからいのちの息」ではなく、「いのちの息(神)からちり(自分)」を見てください。その時、あなたの存在はちりを超えた霊となり、「霊はこれをくださった神に帰る」(伝道12章7節)ようになります。